このページでは、問題が多い契約書を見抜くコツとして、抽象的な修飾語の問題点について、解説しています。

修飾語とは、名詞や動詞、あるいは形容詞や副詞を、より詳細に説明する語のことです。

契約条項でも修飾語を使うことがありますが、その結果、複数の多義的な解釈ができる文章となってしまいがちです。

契約書の文章は、誰が見ても同じような、一義的な表現になっていなければなりません。

このため、契約書の文章には、抽象的な修飾語を使ってはいけません。

このページでは、こうした抽象的な修飾語の問題点について、解説します。




抽象的な修飾語を使ってはいけない

契約書はあくまで一義的な表現を目的とする

契約書は、誰が読んでも同じく、一義的に、契約内容という”事実”を理解できるように表現するべきものです。

その意味では、修飾語を使うこと自体は、契約内容を具体的に表現するためには非常に重要なことです。

ですが、これはあくまで具体的な修飾語を使った場合に限られる話です。

逆に、抽象的な修飾語が使われた契約書の文章は、抽象的な契約内容となってしまいますので、意味がありません。

それどころか、トラブルのもとになりかねません。

読み手によって解釈が変わる修飾語を使ってはいけない

抽象的な修飾語は、読み手によって、解釈がまったく違ってきます。

例えば、よくダメな契約書に使われがちな、「適正な」という言葉があります。

この言葉は、読み手によって、適正なのか適正でないのかが違ってきます。

このような抽象的な修飾語が契約書にある場合、自分は適正であっても、相手の価値観から判断すると適正でなかった、ということがありえます。

抽象的な修飾語は何も書いていないのと同じ

このため、価値観が違う当事者間の取引の場合、抽象的な修飾語は、良好な関係が続いているときであっても、トラブルのもとになる危険性があります。

ましてや、契約内容を巡ってトラブルになった場合は、お互いの利害が対立していますから、それぞれの当事者は、抽象的な修飾語をお互いにとって都合のいいように解釈します。

このように、抽象的な修飾語は、トラブルを抑止するどころか、トラブルを誘発しかねないものです。

このため、抽象的な修飾語は、契約書の表現としては、使うべきではありません。

ポイント
  • 契約書はあくまで一義的な表現が目的。多義的な解釈ができる表現としてはならない。
  • 読み手によって解釈が変わる修飾語を使ってはいけない。
  • 抽象的な修飾語は何も書いていないのと同じ。





解釈の余地が少ない具体的な修飾語の例

このような事情があるため、契約書における表現では、なるべく解釈の余地が少ない表現を使用します。

具体的には、次のいずれかの表現を使用します。

契約書で使うべき解釈の余地が少ない表現
  • 数字・定量的な表現
  • 解釈が確立した法律用語
  • 定義づけた表現
  • 一方の当事者に解釈を委ねる表現

それぞれ、具体的に説明していきます。





【表現1】数字・定量的な表現

数字そのものは解釈の余地がない

最も解釈の余地が少ない具体的な表現は、数字を使った定量的な表現です。

数字の場合は、それ自体は解釈の余地がなく、契約当事者間で、解釈が割れる可能性がほとんどありません。

例えば、次のような文例があります。

【契約条項の書き方・記載例・具体例】受入検査に関する条項

第○条(受入検査)

乙による本件製品の納入があった場合、甲は、当該納入が完了した日から起算して7日後までに、本件製品の検査を実施し、かつ、乙に対し、当該検査の結果を通知するものとする。

(※便宜上、表現は簡略化しています)




この記載のように、明確に「納入が完了した日から起算して7日後」と表現することにより、検査と検査結果の通知の期限が明確になります。

なお、これは、あくまで「納入」という用語が定義づけられている前提の話です。

数字以外で解釈の余地がある規定にはしない

もっとも、仮に数字を使ったとしても、数字以外の部分で解釈の余地があると、結局トラブルになってしまいます。

例えば、次のような文例が該当します。

【契約条項の書き方・記載例・具体例】受入検査に関する条項

第○条(受入検査)

乙による本件製品の納入があった場合、甲は、7日後までに、本件製品の検査を実施し、かつ、乙に対し、当該検査の結果を通知するものとする。

(※便宜上、表現は簡略化しています)

上記の文例は、さきほどの文例から「納入が完了した日から起算して」を削除したものですが、これでは、いつから7日後なのかが明らかではありません。

また、同様に、次の文例も問題です。

【契約条項の書き方・記載例・具体例】受入検査に関する条項

第○条(受入検査)

乙による本件製品の納入があった場合、甲は、当該納入があった日から起算して7日後までに、本件製品の検査を実施し、かつ、乙に対し、当該検査の結果を通知するものとする。

(※便宜上、表現は簡略化しています)




この文章は、一見して問題ないと思われがちですが、複数の日に渡って納入がある契約の場合、どの納入を起算点にするのかによって、検査と検査結果の通知の期限が明らかになりません。

もちろん、常に1日だけで納入が終わるような取引であれば、この記載でも問題ありません。

ポイント
  • 数字そのものは解釈の余地がないため、トラブルになりにくい。
  • 数字を使ったとしても、数字以外で解釈の余地がある規定にはしない。





【表現2】解釈が確立した法律用語

数字の表現が難しい場合は法律用語を使う

表現の技法として数字を使うのが難しい場合、数字として表現できない場合、具体的な数字について合意できない場合など、やむを得ない場合は、数字を使えないことがあります。

こうした場合であっても、一般的な用語を使うのではなく、なるべく解釈が確立した法律用語を使うようにします。

例えば、次のような文例となります。

【契約条項の書き方・記載例・具体例】受入検査に関する条項

乙による本件製品の納入があった場合、甲は、直ちに本件製品の検査を実施し、かつ、乙に対し、当該検査の結果を通知するものとする。

(※便宜上、表現は簡略化しています)




「直ちに・遅滞なく・速やかに」はやむを得ないに限って使う

「直ちに」という表現や、類似する「遅滞なく」「速やかに」という表現は、次のような定義となります。

【意味・定義】直ちに・遅滞なく・速やかにとは?
  • 「直ちに」とは、とは、即時に、すぐに、ということ。直ちには、どのような理由があっても、遅れは許されない。
  • 「遅滞なく」とは、遅れずに、ということ。遅滞なくは、やむを得ない正当な理由がある場合には、遅れても許されるものの、それ以外の遅れは許されない。
  • 「速やかに」とは、できるだけ速く、ということ。速やかには、「直ちに」「遅滞なく」とは異なり、仮に違反した場合であっても、契約違反=債務不履行とはならない(=訓示規定)、という解釈が有力。

このように、法律用語であっても、直ちに・遅滞なく・速やかにも、必ずしも一義的な定義というわけではありません。

このため、数字での定量的な表現ができない場合に限りこうした表現を使うべきであり、それ以外では、使うべきではありません。

ポイント
  • 数字の表現が難しい場合は法律用語を使う。
  • 「直ちに・遅滞なく・速やかに」は、定義があいまいなため、やむを得ないに限って使う。





【表現3】定義づけた表現

定義条項等で抽象的な用語を定義づける

抽象的な表現を使わざるを得ない場合であっても、そうした表現を定義づけることによって、少しでも解釈の余地を少なくするべきです。

例えば、秘密保持義務の規定では、「秘密情報」という表現を使う場合があります。

この言葉自体は、「秘密の情報」ですので、当然、契約当事者によって解釈が分かれる場合があります。

この場合は、次のように定義づけます。

【契約条項の書き方・記載例・具体例】定義に関する条項

本契約において、「秘密情報」とは、本契約の履行に伴い、一方の当事者が、相手方に対し開示した情報をいう。

(※便宜上、表現は簡略化しています)




なお、この定義自体は、非常に単純な定義です。

この他にも、秘密情報の定義のしかたは、多数あります。

定義になっていない定義条項の意味がない

なお、定義条項は、そもそも抽象的な用語を定義づけるための規定です。

このため、定義条項の規定そのものが定義になっていなければ、定義条項の意味がありません。

例えば、次のような文例があります。

【契約条項の書き方・記載例・具体例】定義に関する条項

第○条(定義)

本契約において、「知的財産権」とは、著作権、特許権、実用新案権、商標権、意匠権、当社が提供するむ文書、データベース、ウェブサイト、グラフィック、ソフトウェア、アプリケーション、プログラム、コード等に関連するすべての権利、その他の知的財産権をいう。

(※便宜上、表現は簡略化しています)




一見して、何ら問題がない定義に見えますが、「知的財産権」の定義であるにもかかわらず、文末にその「知的財産権」という表現があります。

これは、典型的な一種の循環論法であり、定義になっていません。

ポイント
  • 定義がない用語や法律用語でない用語は、なるべく定義を規定して使う。
  • 定義になっていない定義条項にはしない。





【表現4】一方の当事者に解釈を委ねる表現

なお、抽象的な修飾語について、その判断基準の決定権を当事者の一方に委ねてしまう方法もあります。

厳密には、抽象的な用語を具体化する方法ではありませんが、契約実務ではしばしば使われる手法です。

例えば、すでに触れた「適正な」という言葉であれば、「甲が適正と認める」という表現にします。

これは、実質的には、「適正」という意味を排除してしまって、事実上、甲の決定権に解釈を委ねている表現です。

もちろん、このような表現は、乙による反発が予想される規定ですが、合意できるのであれば、検討に値する表現です。

ポイント

「◯◯と認める」の表現は、修飾語を骨抜きにする表現。