こんにちは。契約書作成専門・小山内行政書士事務所代表の小山内です。

昨日(2018年10月10日)、仮想通貨取引所Zaifの事業譲渡が、譲渡会社のテックビューロ株式会社(以下、「Zaif」とします)と譲受会社の株式会社フィスコ(以下、株式会社フィスコ仮想通過取引所と併せて、単に「フィスコ」とします)から、正式に発表されました。

お客様預かり資産に関する金融支援 正式契約締結のお知らせ|テックビューロ株式会社のプレスリリース

持分法適用関連会社における事業の譲受けに関するお知らせ

そこで、今回の事業譲渡について、Zaifの利用規約にある問題点と、フィスコ側のプレスリリースにある「損害賠償義務は一切承継いたしません」というひと言が有効かどうかについて、検証してみたいと思います。

なお、本件につきまして、個別の相談等は承っておりませんので、あらかじめご承知おきください。




【要約】フィスコの「損害賠償義務は一切承継いたしません」は有効か?

結論としては、今回のフィスコ側の主張である「損害賠償義務は一切承継いたしません」という部分については、会社法第23条の2第1項に規定する「詐害事業譲渡」として、無効となると可能性があります。

「損害賠償義務」は承継されない?
  • フィスコは、Zaifを運営するテックビューロ株式会社を会社ごと買い取る形ではなく、仮想通貨取引所としてのZaifの事業だけを買い取る(=事業譲渡)ことにした。
  • 事業譲渡の場合、Zaifと会員との利用契約等の権利義務をフィスコが買い取ることになる。
  • 会員の承諾がないと、その会員との利用契約に関する事業譲渡はできない(判例同旨)。
  • Zaifの利用規約第19条でも「相手方の事前の書面による承諾なく、本利用規約に基づく権利義務又は地位について、第三者に対し、譲渡…をすることができない」となっている。
  • フィスコは「電磁的方法」による同意を得ることとしているが、これについては、書面でないからといって、同意が無効になることは考えにくい。
  • フィスコは、プレスリリースで、「損害賠償義務は一切承継いたしません」と発表している。
  • つまり、フィスコは、損害賠償義務を解散するZaifに残し、その他の権利義務だけを承継する、と表明している。
  • 【結論】「損害賠償義務は一切承継いたしません」というフィスコの対応は、いわゆる「詐害事業譲渡」(会社法第23条の2第1項)として無効となる可能性がある。





【意味・定義】事業譲渡とは?

事業譲渡は株式の売買ではなく事業の売買の契約

そもそも、事業譲渡という表現自体、あまり馴染みがないと思われます。そこで、まずは事業譲渡から説明していきます。

事業譲渡は、現在の会社法第4章に規定されています。ただ、会社法には、営業譲渡の定義そのものは規定されていません。

この点について、過去の判例では、次のとおり判示しています。

【意味・定義】事業譲渡とは?

事業譲渡とは、「一定の営業の目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産の全部または重要なる一部を譲渡し、これによつて、譲渡会社がその財産によつて営んでいた営業的活動の全部または重要な一部を譲受人に受け継がせ、譲渡会社がその譲渡の限度に応じ法律上当然に競業避止業務を負う結果を伴うものをいう」(最高裁判決昭和40年9月22日)。

正確には、これは旧商法の「営業譲渡」の定義についての判例ですが、現在の会社法の「事業譲渡」の定義と同じ意味と考えて差し支えありません。

要するに、今回のケースでは、フィスコは、Zaifを運営するテックビューロ株式会社を会社ごと買い取る形ではなく、仮想通貨取引所としてのZaifの事業だけを買い取る形にしたわけです。

会員との利用契約を含むあらゆる権利義務が譲渡の対象

会社ごと買い取る株式譲渡の場合は、形式的には、株式の売買契約になりますので、手続きは非常にシンプルです。

これに対し、事業を買い取る事業譲渡の場合は、あらゆる権利義務が譲渡の検討対象になります。

当然ながら、Zaifと会員との利用契約もまた、譲渡の検討対象に含まれます。このような契約の譲渡のことを、「契約譲渡」や「契約上の地位の譲渡」といいます。

このため、契約実務としては、事業譲渡契約は、非常に煩雑な手続きをしなければならない、という大きなデメリットがあります。

事業が譲渡されれば利用契約はフィスコに承継される

なお、会員の立場としては、無事に利用契約が譲渡されれば、契約自体は、相手方がZaifからフィスコに変わるだけです。

契約内容そのものは、変更されることはありません。

ただし、本件については、「MONAコインの返還義務の一部については金銭返還義務に転換されたうえで、FCCE に承継されます」(フィスコ側のプレスリリース2.(1)(e))とのことです。

このため、本件では、完全に同一の契約内容として譲渡される、というわけではありません。

ポイント
  • 事業譲渡は株式の売買ではなく事業単位の売買の契約。
  • 事業譲渡では、会員との利用契約を含む、Zaifのあらゆる権利義務が譲渡の対象となる。
  • 事業が譲渡されればZaifと会員の利用規約にもとづく利用契約は、Zaifからフィスコに承継される。





そもそもZaifは事業譲渡ができるのか?

会員の承諾なしにZaifは利用契約の譲渡ができない

さて、会員としては、「利用契約が勝手に譲渡されるなんてありえるの?」と不安に思われるかもしれません。

当然ながら、債権者である会員の承諾なしに、契約上の地位の譲渡はできません。

債務を伴う契約上の地位の譲渡契約は、債権者の承諾がないときは債権者に対し効力を生じない。

このため、いくらZaifとフィスコが勝手に事業譲渡の契約を締結したからといって、会員の承諾なしに、会員とZaifの利用契約まで、勝手に譲渡することはできません。

利用規約でも「事前の書面による承諾」が必須となっている

この点につき、Zaifの利用規約第19条では、次のとおり規定されています。

第19条(譲渡等禁止)の条文

第19条(譲渡等禁止)

当社及び本会員は、相手方の事前の書面による承諾なく、本利用規約に基づく権利義務又は地位について、第三者に対し、譲渡、承継、担保設定、その他の処分をすることができないものとします。

このように、利用契約の譲渡については、Zaifと会員とも、「相手方の事前の書面による承諾」がなければできないことになっています。

このため、今回の事業譲渡についても、本来は、この利用規約第19条の規定どおり、Zaifが、会員から書面の承諾を得なければなりません。

一般的なウェブサービスでは運営側の契約譲渡を禁止しない

なお、一般的なウェブサービスの利用規約では、会員の契約譲渡を禁止することはあっても、運営の契約譲渡まで禁止することは、まずありません。

というのも、ウェブサービスは、将来の出口戦略=エグジットの手段として第三者に事業譲渡をする可能性があるからです。

このため、運営側の契約譲渡までは禁止せずに、むしろ、会員の個別の承諾を得ることなく、会員との契約を譲渡できるようにすることが多いです。

しかしながら、この利用規約では、当社=Zaif側の契約譲渡まで禁止しています。

「契約譲渡」禁止条項
  • 一般的なウェブサービスの利用規約:会員の契約譲渡は禁止。運営の契約譲渡は禁止せず、むしろ会員からの承諾なしに契約譲渡=第三者への事業譲渡ができる。
  • Zaifの利用規約:運営・会員ともに、契約譲渡は禁止。
ポイント
  • Zaifは、会員の承諾がなければ、利用規約にもとづく利用契約の譲渡ができない(判例同旨)。
  • 利用規約第19条でもZaifによる契約の譲渡は、会員による「事前の書面による承諾」が必須となっている。
  • 一般的なウェブサービスにおける利用規約では、運営側の契約譲渡を禁止しないものだが、Zaifの利用規約では、なぜか運営側の契約譲渡も禁止している。





今回は「電磁的方法」で同意を得るとのこと

このように、Zaifの利用規約では、第19条により、「相手方の事前の書面による承諾」がなければ、契約譲渡ができないことになっています。

この点について、フィスコのプレスリリースでは、以下の記載があります。

本件事業譲渡についての利用者の方々の同意取得方法につきましては、利用者の方々の利便性、作業コストを考慮し、電磁的方法により取得することを予定しております。

「同意」の手続きの性質上、利用規約第19条にある「書面」によるものではなく、電磁的方法によるものだからといって、同意が無効になるとは考えにくいと思われます(「同意」がZaifの利用規約第19条の「承諾」と同じ意味だとして)。

というのも、同意があった場合、一般的には、会員は、「書面ではなく電磁的方法による同意が有効となること」も含めて同意したと解釈されるからです。

つまり、書面ではなく電磁的方法であるという、単なる手続きの違いがあるからといって、同意そのものが無効になることは考えにくい、ということです。

もちろん、本来であれば、利用規約第19条に従い、書面による「承諾」を得るべきであることは、言うまでもありません。

ポイント

利用規約では、会員の書面による承諾がなければ事業譲渡はできないものの、「書面ではなく電磁的方法による同意が有効となること」も含めて同意した場合は、電磁的方法による同意も有効となる。





「損害賠償義務は一切承継いたしません。」

フィスコはZaifの会員への損害賠償義務は承継しない

さて、今回の事業譲渡で、会員としては、そんな簡単に「同意」してもいいのか、という問題があります。

この点について、今回のプレスリリースで、会員として最も気をつけるべき点は、フィスコ側のプレスリリースにある「損害賠償義務は一切承継いたしません。」とある部分です。

長いですが、非常に重要な内容ですから、該当箇所を引用します。

テックビューロと各利用者の契約及び両者間の権利義務のFCCEへの承継は、当該承継につき各利用者が個別に異議なく承諾された場合にのみ有効となります。従いまして、別途ご案内する承諾手続きにおいて、当該承継を異議なく承諾された利用者との契約及び権利関係はFCCEに引き継がれますが、承諾されなかった利用者との契約及び権利義務は、FCCEには引き継がれず、利用者とFCCEとの間には一切の権利義務関係は生じません。また、当該承継を異議なく承諾された場合であっても、FCCEは、テックビューロが利用者に対して負う損害賠償義務は一切承継いたしません。

つまり、フィスコとしては、Zaifと会員との利用契約については承継するけれども、損害賠償については承継しない、という、会員の立場からすれば、虫のいい事業譲渡を主張しているわけです。

フィスコの主張は「詐害事業譲渡」で無効となる

さて、このようなフィスコによる主張は、果たして有効なのでしょうか?

この点について、管理人自身は、Zaifの会員ではありませんので、一連の騒動で、どのような損害が会員に発生したのかは承知していません。

このため、あくまで推測でしかありませんが、状況によっては、このフィスコの主張は、いわゆる「詐害事業譲渡」(会社法第23条の2)として、無効となる可能性があります。

会社法第23条の2(詐害事業譲渡に係る譲受会社に対する債務の履行の請求)

1 譲渡会社が譲受会社に承継されない債務の債権者(以下この条において「残存債権者」という。)を害することを知って事業を譲渡した場合には、残存債権者は、その譲受会社に対して、承継した財産の価額を限度として、当該債務の履行を請求することができる。ただし、その譲受会社が事業の譲渡の効力が生じた時において残存債権者を害すべき事実を知らなかったときは、この限りでない。

(以下省略)

つまり、上記の会社法第23条の2第1項にもとづき、譲渡会社=Zaifに対し損害賠償請求ができる債権者=会員は、譲受会社=フィスコに対し、なお損害賠償請求ができる可能性があります。

もっとも、会員として「異議なく承諾」してしまった場合は、このフィスコに対する損害賠償請求を放棄したものとも解釈できます。この場合は、フィスコに対し、損害賠償請求はできません。

いずれにせよ、会員としては、こうした損害賠償請求も視野に入れながら、フィスコからの承諾手続きに対応する必要があります。

会員はZaifに対し損害賠償請求ができる

なお、会員としては、何らかの損害が発生している場合、Zaifに対しては、当然ながら、損害賠償請求ができます。

これは、仮にフィスコに対する、利用契約の承継手続きに応じた場合も、可能です。

ただし、実際に損害賠償請求ができたとしても、Zaifに資産が残っていなければ、結局、賠償されることはありません。

このため、Zaifに対する損害賠償請求は、現実的な方法とはいえない可能性が高いです。

ポイント
  • フィスコは、Zaifの会員に対する「損害賠償義務は一切承継いたしません。」とプレスリリースで表明している。
  • ただし、このフィスコの主張は、「詐害事業譲渡」(会社法第23条)で無効となる可能性が高い。
  • 「詐害事業譲渡」が認定された場合、会員は、事業譲渡後であっても、Zaifに対し損害賠償請求ができる
  • 会員は、事業譲渡後であっても、Zaifに損害賠償請求はできるものの、Zaifに資産が残っていなければ、回収はできない。