このページでは、契約書の条項のうち、善管注意義務の条項について、簡単にわかりやすく解説しています。
善管注意義務とは、正式には「善良な管理者の注意義務」といいます。
善管注意義務は、一定の契約で受注者に課される義務で、代表的なものとしては、委任契約・準委任契約の受任者に課されます。
受注者が善管注意義務に違反した場合は、いわゆる債務不履行=契約違反となります。
ただ、善管注意義務は、客観的な定義が決まっていないため、実際の契約実務では、非常に扱いが難しい条項です。
このページでは、こうした善管注意義務のポイントについて、解説します。
【意味・定義】善管注意義務とは?
善管注意義務の定義は非常にあいまい
善管注意義務は、正式には「善良な管理者の注意義務」といい、一般的に、次のような意味となります。
善管注意義務とは、行為者の階層、地位、職業に応じて要求される、社会通念上、客観的・一般的に要求される注意を払う義務をいう。
ただし、この定義は、民法をはじめ、法律の条文で規定されているものではありません。
つまり、善管注意義務には、必ずしも客観的な基準や定義があるわけではありません。
この点が、契約実務では、非常に厄介な点です。
委任契約・準委任契約等で課される善管注意義務
善管注意義務は、一部の契約で契約当事者に課される義務です。
最も典型的なものとしては、委任契約・準委任契約で、受任者に課されます。
民法第644条(受任者の注意義務)
受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。
この他、商事寄託契約(商法第593条)では、受寄者に善管注意義務が課されています。
善管注意義務は契約の過程についての責任・義務
一般的な企業間契約における善管注意義務は、すでに触れた委任契約・準委任契約で重要となります。
こうした委任契約・準委任契約や、委任型・準委任型の業務委託契約では、受任者・受託者は、善良な管理者の注意をもって、契約を履行します。
これはどういうことかというと、受任・受託した一定の行為の実施そのもの(=過程)について責任を負う、ということです。
逆にいえば、行為を実施した結果については、責任を負う必要はありません。
この点が、仕事の結果に対してのみ責任を負う、請負契約の責任と違うところです。
- 善管注意義務とは、行為者の階層、地位、職業に応じて要求される、社会通念上、客観的・一般的に要求される注意を払う義務のこと。
- 善管注意義務は、委任契約・準委任契約・商事寄託契約などで受任者・受寄者に課される義務。
- 善管注意義務は、契約の過程についての責任・義務であり、結果についての責任ではない。
善管注意義務の具体例(医療・弁護士・IT)
医師の善管注意義務
医師と患者との医療行為の実施に関する契約は、準委任契約に該当します。このため、医師には、善管注意義務が課されます。
こうした準委任契約にもとづく医師による医療行為により、結果として患者が死亡する場合もあります。
この場合であっても、善管注意義務さえ果たしていれば、医師は、「患者の死亡」という結果に対して責任を負うことはありません。
また、医療報酬を受取ることもできます。
弁護士の善管注意義務
弁護士とその依頼者との訴訟代理は、委任契約に該当します。このため、弁護士には、善管注意義務が課されます。
こうした委任契約にもとづく訴訟代理により、結果として裁判に敗訴する場合もあります。
この場合であっても、善管注意義務さえ果たしていれば、弁護士は、「敗訴」という結果に対して責任を追うことはありません。
また、弁護士報酬を受取ることもできます。
ただし、成果報酬で依頼を受任している場合は、その依頼内容によります。
システム開発会社等(ベンダ)の善管注意義務
ソフトウェア・システム・アプリなど、IT関連の開発業務委託契約・システムエンジニアリング契約(SES契約)は、準委任契約に該当します。このため、システム開発会社等には、善管注意義務が課されます。
こうした準委任契約にもとづくシステム等の開発は、必ずしも完成するとは限らず、場合によっては、多額の費用が発生したにもかかわらず、開発が失敗することもあります。
この場合であっても、善管注意義務さえ果たしていれば、ベンダ側は、「開発の失敗」という結果に対して責任を負うことはありません。
また、ユーザに対し、料金の請求もできます。
もっとも、これは、あくまで契約書に準委任契約であることが明記されていればの話です。
- 医師は、医療行為の実施そのものに善管注意義務を負うため、結果的に患者が死亡しても、その患者の死亡について責任を負わない。
- 弁護士は、訴訟行為の実施そのものに善管注意義務を負うため、結果的に敗訴しても、その敗訴について責任を負わない。
- 準委任型のシステムエンジニアリングサービス契約(SES契約)のベンダは、システム等の開発行為の実施そのものに善管注意義務を負うため、結果的にシステム等の開発が失敗し、完成しなくても、その失敗について責任を負わない。
善管注意義務違反=債務不履行
善管注意義務違反は損害賠償請求や契約解除の原因となる
(準)委任契約では、受任者が善管注意義務を果たしているかどうかが、契約を履行しているかどうかの判断基準となります。
つまり、善管注意義務に違反しているということは、契約違反となります。
より正確には、債務不履行のうちの「不完全履行」(民法第415条)となります。
このため、善管注意義務違反があった場合、委任者は、受任者に対し、損害賠償の請求(民法第415条)ができますし、契約の解除(民法第541条・第543条)もできます。
「ちゃんとやっている」かどうかの判断が難しい
このように、理屈のうえでは、善管注意義務違反があった場合は、委任者は、損害賠償の請求や契約の解除ができます。
ただ、すでに述べたように、善管注意義務の定義自体が、非常に曖昧です。
このため、受任者が実際に善管注意義務を果たしているのか、あるいは違反しているのかは、客観的に判断するのは難しいと言わざるを得ません。
委任契約の例でわかりやすく言えば、受任者が受任内容を「ちゃんとやっているのか」「ちゃんとやっていないのか」は、簡単には判断がつかない、ということです。
- 善管注意義務違反は契約違反=債務不履行。よって、損害賠償請求や契約解除の原因となる。
- 受任者が「ちゃんとやっている」のかどうかの判定は難しい。
(準)委任契約の目的に適した行為をする義務
【意味・定義】「委任の本旨に従い」とは?
(準)委任契約では、「委任の本旨に従い、」委任事務を処理しなければなりません。
民法第644条(受任者の注意義務)
受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。
この「委任の本旨に従い」とは、次のような意味です。
「委任の本旨に従い」とは、(準)委任契約の目的に適した事務処理をすることをいう。
言われたとおりにやるだけでは善管注意義務違反となることも
(準)委任契約は、委任者と受任者との信頼が基本となる契約です。
このため、受任者は、委任者の信頼に応えるため、「委任の本旨に」反しない程度に、自由裁量をもって事務処理ができます。
逆に言えば、例えば、委任者からの指図があった場合、その指図が間違っていなければ、その通りに処理するべきです。
ただ、委任者からの指図が間違っていた場合は、その間違いを指摘したり、指図の変更を求めたりしなければ、善管注意義務違反となる可能性もあります。
(準)委任型の業務委託契約では業務内容にない行為もできる
また、委任者からの指図が間違っている場合は、その指図に従わずに、臨機応変に対応することもできます。
特に、企業間取引である(準)委任型の業務委託契約では、商法第505条にもとづき、業務内容に規定されていないこともできます。
商法第505条(商行為の委任)
商行為の受任者は、委任の本旨に反しない範囲内において、委任を受けていない行為をすることができる。
もちろん、この規定にあるとおり、「委任の本旨に反しない範囲内」に限定されています。
- (準)委任型の業務委託契約では、受任者は、契約の目的に適した業務実施・業務処理をしなければならない。
- (準)委任型の業務委託契約では、委任者から間違った指示があった場合、受任者がそのまま指示に従うと、善管注意義務違反となることもある。
- (準)委任型の業務委託契約では、受任者は、業務委託契約の目的に適した範囲内で、業務内容にない行為もできる。