所有権の移転の時期の条項は、契約にもとづき引渡しや納入がある物品・製品・成果物等の目的物の所有権が、いつの時点で移転するのかを規定する契約条項です。
具体的には、目的物の引渡し・納入の時点か、または検査完了の時点で、所有権が、受注者から発注者に移転することが多いです。
所有権の移転の時期は、民法では明確に規定されていないため、契約で規定することが重要となります。
民法上は所有権の移転の時期は不明確
民法では所有権移転の時期は「当事者の意思表示のみ」
所有権の移転の時期は、民法では明確に規定されていません。
より正確には、条文としては、次のとおり規定されています。
民法第176条(物権の設定及び移転)
物権の設定及び移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる。
引用元:民法 | e-Gov法令検索
物権とは、物を直接的に支配して利益を受けられる権利のことで、所有権は、その代表的なものです。
【意味・定義】物権とは?
物権とは、物を直接的に支配して利益を受けられる権利をいう。
「当事者の意思表示のみによって」ということは、逆にいえば、民法上は特に明確に決まってはいない、ということです。
「当事者の意思表示」=契約
この「当事者の意思表示」ですが、さまざまな判例(特に売買契約のもの)・学説があります。
ただ、これらの判例・学説も、必ずしも統一的な見解があるわけではなく、取引の状況、目的物の性質、契約内容によって結論が異なります。
このような事情があるため、所有権の移転の時期について、契約で規定しておかないと、何をもって所有権が移転するのかが、あいまいになります。
契約書を作成する理由・目的
民法では所有権の移転の時期が不明であることから、所有権の移転の時期を明確にするために契約書が必要となるから。
このため、特に目的物の引渡しがある契約では、所有権が移転する時期と条件を明記することが重要となります。
ポイント
- 所有権は、当事者の意思表示のみによって移転する。
- 当事者の意思表示とは、「所有権の移転の時期」の条項そのもの。
所有権の移転の時期を規定する理由は?
発注者・受注者ともに重要な理由がある
では、なぜわざわざ所有権の移転の時期を契約でわざわざ規定する必要があるのでしょうか?
それは、発注者・受注者の双方にとって、非常に重要な理由があります。
発注者としては、なるべく早く目的物の所有権を移転させることにより、その目的物の使用、賃貸、売却など、事業のために利用することができるようになるからです。
受注者としては、なるべく遅く目的物の所有権を移転させることにより、万が一、発注者からの支払いがない場合に、目的物の所有権にもとづき、さまざまな対処ができるからです。
くわしくまとめると、次のとおりです。
発注者にとっての所有権のポイント
発注者にとっての所有権の移転の時期
- 売買契約や請負契約等の目的物の移転がある契約では、所有権の移転は、発注者にとっては、契約の目的そのもの。
- 特に、その目的物を自ら使用する場合(例:製品に組込む部品として使用する場合)や、第三者に賃貸や売却をする場合、所有権が委託者に移転しないと、理論上は、発注者は、物品・製品・成果物の使用や売却ができない。
- このため、発注者にとっては、所有権の移転の時期は、なるべく早いほうがいい。
受注者にとっての所有権のポイント
受注者にとっての所有権の移転の時期
- 売買契約や請負契約等の目的物のの移転がある契約では、所有権の移転は、受注者にとっては、業務実施の過程にすぎない。
- ただ、発注者からの支払いを所有権の移転の条件とする、つまり、発注者からの支払いまで所有権を留保することで、万が一、発注者が報酬・料金・委託料を支払わない場合に、目的物の返還請求ができる。
- このため、受注者にとっては、所有権の移転の時期は、なるべく遅いほうがいい。
- ただし、発注者による第三者に対する販売や譲渡が前提となる目的物については、即時取得・善意取得(民法第192条)の制度があるため、所有権留保の実効性は低い(後述)。
ポイント
- 所有権の移転の時期は、発注者・受注者双方にとって、非常に重要となる。
- 発注者としては、所有権の移転により、納入された物品・製品・成果物を使用し、または第三者に賃貸・売却することができるようになる。
- 受注者としては、納入した物品・製品・成果物の所有権は、発注者からの報酬・料金・委託料の支払いの担保となるため、支払いがあるまでは所有権を移転させるべきではない。
所有権の移転の時期は「納入時」か「検査完了時」
発注者にとっては早く・受注者にとっては遅く
このように、所有権の移転の時期は、発注者にとっては早いほうが有利であり、受注者にとっては遅いほうが有利です。
このため、所有権移転の時期は、発注者と受注者の間で、完全に利害が対立します。
言い換えれば、契約条項としては、立場の優劣が反映されやすい条項といえます。
なお、一般的な企業間取引としての、売買契約、請負契約、取引基本契約では、所有権移転の時期は、契約当事者の立場の優劣に応じて、納入の時点か、検査完了の時点とすることが多いです。
発注者にとって所有権の移転時期は納入時が有利
発注者が優位な場合の契約では、目的物が発注者の手元に引渡された時点、つまり、納入時を所有権移転の時期とすることが多いです。
【確認】発注者にとっての所有権移転の時期のポイント
発注者は、納入された目的物の所有権がないと、自らのその目的物を使用したり、第三者に対して、その目的物を売却したり、貸したりすることができない。だから所有権移転の時期は、早いほうがいい。
この点について、理論上は、もっと早い段階での所有権の移転もできます。
例えば請負契約の場合は、目的物が完成次第、その所有権を発注者に移転させることもできます。
また、極端な話ですが、在庫がある売買契約などでは、契約の成立と同時に、目的物の所有権を受注者から発注者に移転させることもできます。
ただ、そもそも、所有権移転の時期が早いほうが都合がいいのは、発注者が目的物を何らかの形で使用や売却ができるからです。
逆にいえば、手元にない状態で所有権を移転させることには、メリットはありません。
【契約条項の書き方・記載例・具体例】所有権の移転条項
第○条(所有権の移転)
本件製品の所有権は、本件製品の納入が完了した時点で、受託者から委託者に移転する。
※便宜上、表現は簡略化しています。
受注者にとっては所有権の移転時期は支払完了時が多い
理想的には支払完了時の所有権移転
受注者が優位な場合の契約では、目的物が発注者の検査に合格した時点、つまり、検査合格時を所有権移転の時期とすることが多いです。
【確認】受注者にとっての所有権移転の時期のポイント
受注者にとって、納入する目的物の所有権は、一種の発注者からの報酬・料金・委託料の担保。所有権が移転されていなければ、報酬・料金・委託料の支払いがない場合も、目的物の返還請求ができる。このため、本来であれば、支払いが完了するまで、所有権は移転させずに留保させるべき。だから所有権移転の時期は遅いほうがいい。
受注者にとって、最も有利な契約条件は、支払が完了した時点を所有権の移転の時期とすることです。
一般的な企業間取引としての、売買契約、請負契約、取引基本契約では、支払期限は、後払いとなり、通常は、契約の行程の中では最も遅い時期になります。
だからこそ、受注者にとっては、遅ければ遅いほうがいい、ということになります。
現実的には検査完了時の所有権移転
ただ、受注者の都合として、支払完了時に所有権移転の時期を設定した場合、発注者からの反発を招くことになります。
発注者からしてみれば、支払完了時に所有権移転の時期を設定されると、支払の完了まで、納入された目的物の使用、賃貸、売却などをできない状態となります。
納入から支払期限までの期間が短い場合は、それでも問題ありませんが、通常は、1か月程度の期間があります。
この1ヶ月程度の期間、発注者として、納入された目的物について何もできない以上、反発を招くことは当然といえます。
このため、現実的には、受注者が優位な場合の売買契約、請負契約、取引基本契約であっても、せいぜい、納入された目的物の検査完了時に所有権が移転することが多いです。
【契約条項の書き方・記載例・具体例】所有権の移転条項
第○条(所有権の移転)
本件製品の所有権は、本件製品の検査が完了した時点で、受託者から委託者に移転する。
※便宜上、表現は簡略化しています。
ポイント
- 所有権の移転の時期は、「発注者=早いほうが有利」「受注者=遅いほうが有利」であるため、利害が対立する。
- 発注者にとっては、所有権の移転時期は、納入時が有利。
- 受注者にとっては、所有権の移転時期は、理想的には支払完了時だが、現実的には支払完了時が多い。
【補足】「所有者は危険を負担する」
法律の世界には、「所有者は危険を負担する」という法理があります。
この点から、一般的には、所有権の移転とともに、危険負担も移転します。
危険負担の移転の時期につきましては、詳しくは、次のページをご覧ください。