このページでは、形だけ契約書の雛形に署名・サインした場合のリスクについて解説しています。

「契約書なんて形だけだから、体裁だけ整った雛形を使えば、内容はどうだっていいよ」という考え方の経営者の方も、一部にいらっしゃるようですが、本当に問題ないのでしょうか?

実は、いったん署名・サインをして取交した契約書は、たとえ署名・サインの時点では「形だけ」と思っていても、後から「形だけ」であることを立証するのは、非常に難しいものです。

このため、いくら形だけであっても、雛形の契約書(そうでない契約書も含む)への署名・サインは避けるべきです。

このページでは、雛形の契約書への形式的なサインのリスクについて、わかりやすく解説します。




雛形への署名・サイン「形だけ」かは立証できない

契約書の署名・サインの当時の心証は記録に残らない

人の心の中がどうなっているかは、現在の科学技術をもってしても、ほとんど立証できません。

ですから、契約書の調印の時点で、契約当事者の一方または双方が、「形だけ」で雛形の契約書に署名・サインをしたことを立証することは、困難です。

ましてや、過去の人の心の中の証拠は、まず残りません。

もっとも、ICレコーダーやスマホなどで、当時の会話の内容(「形だけ」であること)を録音していれば話は別です。

「形だけ」の雛形の契約書だけが証拠となる

このように、客観的な音声データでも残っていない限り、形だけの雛形の契約書は、「形だけ」ではなくなります。

こうした雛形の契約書を使った場合、いざトラブルが生じたときは、いくら形だけであっても、雛形の契約書が「本物の」証拠となります。

というのも、通常は、契約書に署名・サインしていれば、その署名・サインは、真正な意思表示とみなされるからです。

こうして、「形だけ」の契約書が「本物の」契約書になってしまいます。

リーガルチェックもしていないと不利な状態になるリスクも

当然、「形だけ」と高をくくっている場合、ろくに契約書のリーガルチェックもしていないでしょう。

となると、非常に不利な契約条件で、契約書の雛形に署名・サインしてしまっている可能性があります。

そうなると、当然、その不利な条件に拘束されてしまうことになります。

また、自社にとって不利な内容ということは、相手方にとっては有利な内容ということです。

当然ながら、相手方は、「形だけ」という当初の主張はしてこないはずです。

ポイント
  • 本当に「形だけ」で契約書に署名・サインしたのか、という当時の心証は記録に残らない。
  • 「形だけ」の雛形の契約書だけが、証拠となる。
  • 「形だけ」だからといってリーガルチェックもしていないと、不利な状態になるリスクも





「形だけ」の契約書であることを立証する方法は?

なお、民法では、その雛形の契約書が「形だけ」であることを理由に、契約自体を無効としたり、取消しができる場合があります。

具体的には、以下の制度です。

「形だけ」の契約であることを立証する方法

それぞれ、具体的に見ていきましょう。





心裡留保:民法では冗談は通用しない

【意味・定義】心裡留保とは?

心裡留保とは、いわゆる「冗談」のように、真意でない意思表示のことです。

【意味・定義】心裡留保とは?

心裡留保とは、真意ではない意思表示をいう。

民法第93条(心裡留保)

意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方が表意者の真意を知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。

上記のように、「意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない」とあります。

つまりこれは、民法では、冗談は通用しない、ということです。

もっとも、ただし書きにあるとおり、相手方が冗談であることを知っていた場合や、知ることができた場合は、意思表示が無効になります。

自社が形だけと思って雛形の契約書に署名・サインした場合

自社が「形だけ整っていればいい」と思って雛形の契約書に署名・サインした場合は、「その効力を妨げられない」、つまり、冗談では済まされなくなります。

ただ、相手方が、冗談であることを知っていたり、知ることができた場合は、契約が無効となります。

ですから、相手方に対して、「形だけの契約書ですから」と言っていた場合は、その契約が無効となる余地があります。

もっとも、相手方が「形だけの契約書」であることを知っていた、ということを立証しなければなりません。

この点から、現実的には、「形だけ」であることを立証するのは、非常に困難です。

相手方が形だけと思って雛形の契約書に署名・サインした場合

逆に、相手方が「形だけ整っていればいい」と思って雛形の契約書に署名・サインをした場合、自社としては、安易にその契約書へ署名・サインしてはいけません。

というのも、心裡留保の表意者の相手方から、その意思表示の無効を主張できるかどうかは、明確な判例がなく、学説も分かれています。

このため、相手方が「形だけ」と思っていると知っていたとしても、自社のほうからは、必ずしも無効は主張できない可能性があります。

もちろん、有利な内容の契約書であれば、取交してもいいでしょう。

ポイント
  • 心裡留保とは、真意ではない意思表示のこと。。
  • 自社が形だけと思って雛形の契約書に署名・サインした場合は、相手方が形だけであることを「立証」できれば、契約が無効となる。
  • 相手方が形だけと思って雛形の契約書に署名・サインした場合は、自社から無効を主張できない可能性もある。





通謀虚偽表示:「形だけにしておきましょう」

【意味・定義】通謀虚偽表示とは?

通謀虚偽表示とは、意思表示をする側とされる側が通謀して、虚偽の意思表示をすることです。

【意味・定義】通謀虚偽表示とは?

通謀虚偽表示とは、表意者が相手方と通じてした虚偽の意思表示をいう。

民法第94条(虚偽表示)

1 相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。

2 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

まさに、お互いに示し合わせたうえで、「とりあえず形だけ契約書を取交しましょう」というパターンが、この通謀虚偽表示です。

「形だけ」の雛形の契約書はトラブルを増大させる

この通謀虚偽表示による契約は、それこそ「形だけ」なわけですから、無効となります。

この点は、特にトラブルがない状況では問題はないですが、いったんトラブルが発生すると、そう簡単にはいきません。

例えば、「形だけ」だったはずの契約で、一方にとって有利な状況となり、他方にとって不利な状況となった場合に、トラブルとなります。

こうした状況では、有利な状況の契約当事者は、その契約を「形だけ」とは認めないでしょうし、不利な状況の契約当事者は、この通謀虚偽表示にもとづく無効を主張するでしょう。

無効を主張する者が立証責任を負う

このようなトラブルとなった場合、どちらが通謀虚偽表示の無効の立証責任を負うのかといえば、無効を主張する側です。

よって、不利な状況となった契約当事者のほうが、契約が「形だけ」だったことを立証しなければなりません。

この立証は非常に困難で、契約交渉の際の音声データでも残ってない限り、その立証は不可能でしょう。

このため、自社がこうした立場になった際には、通謀虚偽表示による救済は、期待できません。

ポイント
  • 通謀虚偽表示とは、表意者が相手方と通じてした虚偽の意思表示のこと。
  • 通謀虚偽表示による契約は無効。ただし、無効については、無効を主張する側に立証責任がある。
  • 通謀虚偽表示による契約が、自社にとって不利、相手方にとて有利になった場合、その契約が通謀虚偽表示であったことを立証しないと、無効を主張できない。





詐欺:当初から騙すつもりの「形だけ」

【意味・定義】詐欺とは?

民法の詐欺は、詐欺者により、騙されておこなう意思表示のことをいいます。

【意味・定義】詐欺とは?

詐欺とは、詐欺者から違法な行為によって騙されたことにより、錯誤に陥ってする意思表示をいう。

民法第96条(詐欺)

1 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。

2 相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知っていたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。

3 前2項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない。

「形だけ」の雛形の契約書が使われる場合は、詐欺者が、最初から本当にその契約書で契約を履行させるつもりであるにもかかわらず、「形だけですから」と相手方に署名・サインを迫る行為が該当します。

自社が「形だけだから」と相手方=詐欺者に騙された場合

相手方から「形だけですから、サインをお願いします」と騙されて契約書に署名・サインをした場合、民法第96条第1項にあるとおり、その契約は取り消すことができます。

ただ、現実的には、この取消しは、非常に困難です。

というのも、「騙された」ことの立証責任は、騙された側=自社にあります。

しかも、単に騙されたことではなく、次の2点(二重の故意)を立証しなければなりません。

詐欺の二重の故意
  • 詐欺者が相手方を欺こうとした意思があること。
  • 詐欺者が相手方を欺くことで相手方に一定の意思表示させようとした意思があること。

このため、民法上の詐欺による救済は、非常に難しいと言わざるを得ません。

自社が「形だけだから」と相手方を騙す場合

詐欺は、民法上の違法行為です。

また、民法上のものとは性質は異なるものの、刑法上の違法行為=詐欺罪でもあります(刑法第246条)。

いくら「形だけ」とはいえ、相手方を欺いて契約書に署名・サインを求める行為は、場合によっては、刑事罰が課されます。

このため、こうした詐欺行為は、絶対におこなってはなりません。

ポイント
  • 詐欺とは、詐欺者から違法な行為によって騙されたことにより、錯誤に陥ってする意思表示をいう。
  • 自社が「形だけだから」と相手方=詐欺者に騙された場合、相手方の「二重の故意」を立証しないと、契約を取り消せない。
  • 自社が「形だけだから」と相手方を騙す場合、詐欺罪で刑罰が科される可能性がある。





「形だけ」の契約書は救済は困難

このように、形だけの契約書について、それが「形だけ」であることを立証するのは、どの制度を活用するにしても、非常に困難です。

このため、いったん「形だけ」の契約書に署名・サインをしてしまうと、極めて高い証拠能力をもつ物的な証拠とされてしまい、しかも覆すことが難しくなります。

こうなると、「形だけ」の契約書に書かれたの契約条件を、本物の契約内容として受け入れるしかありません。

このように、安易な気持ちで契約書の雛形に署名・サインをしてしまうと、取り返しのつかないことになりますので、契約書への署名・サインは慎重にするべきです。

ポイント

形だけの契約書は、法律による救済が困難。よって、署名・サインをする側であれ、される側であれ、形だけの契約はしてはいけない。