このページでは、契約書の雛形を使うリスクである、法律用語・契約文章の「誤解」について解説しています。

日本語の契約書の雛形は、日本人なら、誰にでも読むことはできます。

日常的な会話や文章では使わないような表現も、繰り返し読むことによって、なんとか内容は理解できます(よほど酷い文章は別ですが)。

このため、どうしても「自分は契約書について完全に理解できた」と勘違いしてしまいます。

実は、契約書の雛形には、こうした「わかったつもり」になる=誤解のリスクがあります。

このページでは、こうした一般的な日本語と法律・契約文章の違いから生じる誤解について、わかりやすく解説しています。




法律用語と一般的な日本語とは別物

「その他」と「その他の」は別の意味

突然ですが、あなたは「その他」と「その他の」の違いがわかりますか?

一般的な日本語の使い方としては、その他とその他のは、ほとんど使い分けれられることなく、同じ意味で使われているでしょう。

ところが、この「その他」と「その他の」は、法律用語・契約文章としは、別々の意味で使われます。

【契約条項の書き方・記載例・具体例】情報開示に関する条項

第○条(情報開示)

甲は、乙に対し、仕様書、設計図、その他本件製品の製造に必要なものとして甲および乙が協議のうえ合意した資料を開示しなければならない。

第○条(情報開示)

甲は、乙に対し、仕様書、設計図、その他の本件製品の製造に必要なものとして甲および乙が協議のうえ合意した資料を開示しなければならない。

(※便宜上、表現は簡略化しています)




このたった1文字の「の」があるかないかで、大きな違いがあります。

上記の例文で、甲が乙に対し開示しなければいけない資料は、それぞれ次のとおりです。

「その他」と「その他の」の具体的な解釈
  • 前者(その他):仕様書、設計図および協議のうえ合意した本件製品の製造に必要な書面。
  • 後者(その他の):仕様書、設計図などのうち、協議のうえ合意した本件製品の製造に必要な書面。

つまり、「その他」の場合は、直前に記載されたもの(仕様書・設計図)と、「その他」の後で記載れたものとは、並列の関係です。

このため、仕様書と設計図は甲の開示義務の対象となり、これに加えて、協議により決定した書面も開示義務の対象となります。

これに対し、「その他の」の場合は、直前に記載されたもの(仕様書・設計図)は、単なる例示に過ぎません。

このため、仕様書と設計図は、競技により合意されないと、甲の開示義務の対象とはなりません。

「その他」と「その他の」の違い
  • 「その他」は、その前に記載されたものと並列的関係を表す表現。
  • 「その他の」は、その前に記載されたものを具体例として表す表現。

法律用語・契約文章としての「時」と「とき」も意味が違う

このように、たった1文字の「の」の有無によって、契約内容は、まったく違うものとなります。

この他、例えば、「時」と「とき」では、漢字と平仮名の違いですが、これも意味が違います。

時は、時間=ある時点のことを意味し、ときは、条件の表現(場合と同じ意味)のひとつです。

あるいは、「みなす」や「推定する」のように、一般的な日本語でも使われる言葉であっても、法律用語としては非常に重要な使われ方をするものもあります。

一般的な日本語と法律用語(legalese)は違う

このように、一般的な日本語としての意味と、法律用語・契約文章としての意味では、同じ単語であっても意味が違う場合があります。

これが英文の契約書となると、古い英語表記やラテン語などが使われているため、なおのことわかりづらくなります。

こうした事情から、国際契約などの、英語で契約書を起案する契約実務では、「legalese」という表現があるくらいです。

これは「専門家にしかわからない法律用語」という意味です。

ポイント
  • 法律用語・契約文章は、一般的な日本語とは別物。
  • 「その他」と「その他の」では、「の」1文字だけの違いで意味が違ってくる。
  • 「時」と「とき」も法律用語としては別の意味。





契約書では「簡単な日本語」が問題

契約書では「調べなくても理解できる単語」が曲者

実は、契約書では、こうした日常的にも使われる単語が曲者です。

契約書に、普段使わない難しい表現が出てきた場合、検索エンジンなどで検索することで、すぐに調べることができます。

ですので、難しい表現や単語は、むしろ理解されやすいものです。

問題は、「その他」や「その他の」のように、一見して問題がわかりづらい、日常的に使っている法律用語・契約文章です。

簡単な日本語でもある法律用語・契約文章は調べない

こうした日常的にも使われている法律用語・契約文書は、「違うもの」だということを知らないと、調べる気になりません。

実際に、「その他」や「その他の」の表現が契約書に出てきた際に、知らない人が、調べようとするでしょうか?おそらくしないでしょう。

実は、法律用語や契約文章には、こうした「気づかない表現」が、意外とあります。

こうした「気づかない表現」は、どんなに頭がいい人でも、知識がないと見抜けません。

ポイント
  • 契約書では、難しい法律用語や契約文章は気づきやすいが、日常的に使う日本語とは違う意味となる簡単な表現の法律用語・契約文章のほうは気づかない。
  • 簡単な日本語でもある法律用語・契約文章は、日本語としての意味がわかってしまうため、調べない。
  • 法律用語や契約文章は、知識がないとそれと気づかない。





「わかった気になる契約書」が問題

「正確な文章」と「わかりやすい文章」は両立しない

また、同じように、日本語としての契約書の問題点としては、「わかったような気になる」という点があります。

契約書は、その性質上、「正確」であることが最も優先されなければならない書面です。

ところが、この「正確性」は、「わかりやすさ」とは両立しないものです。

このため、どうしても契約書の記載は、わかりづらくなってしまいます。

法律・公文書・契約書はわかりづらいのが当たり前

よく法律の表現や公文書のわかりづらさを揶揄して「霞が関文学」ということがあります。

こうした正式な文章や書面は、専門家が見れば、非常に正確に記載されていることがわかります。

これは、しっかりと作り込まれている契約書も同様のことがいえます。

このように、どうしても正式な法律・公文書・契約書は、わかりづらいという特徴があります。

「わかりやすい」契約書はあり得ない

こうしたことから、「わかりやすい契約書=わかった気になる契約書」は、本当に正確に記載されているのか、という問題があります。

実は、わかりやすい契約文章は、複数の解釈が成り立つ、曖昧な内容であることが多いのです。

また、通常は、「わかりやすい=ページ数が少ない」ということになります。

これも、本来、もっと規定するべき内容が多いにもかかわらず、規定していない可能性もあります。

ポイント
  • 契約書は、「正確な文章」と「わかりやすい文章」が両立しない。
  • 法律・公文書・契約書は、正確性を最優先にしているため、わかりづらいのが当たり前。
  • 「わかりやすい」契約書は、表現が抽象的で解釈が分かれるリスクがあるものか、内容が少なく規定しておくべき条項がないもののいずれか。





契約文章だけでなく裏にある意図の理解が重要

また、いくら雛形の契約書に記載されている日本語や法律用語が完全に理解できたからといって、契約書のすべてを理解できたことにはなりません。

もう一歩進んで、その契約書に記載されている文章が意味している、事業における法律的かつ戦略的な意図を把握しなければなりません。

つまり、契約書の記載内容を正確に理解したうえで、事業上の評価をしなければなりません。

例えば、契約実務の専門家の中では有名な話ですが、「支払いのために」手形を振り出すのか、「支払いに代えて」手形を振り出すのかによっても、支払いを受けるほうのリスクは天と地ほどの差があります。

手形の振出しの表現の違い
  • 「支払いのために」手形を振す出すのは、支払いのひとつの手段。このため、手形の振り出しただけでは、債務の弁済=支払いは完了しない。
  • 「支払いに代えて」手形を振り出すのは、代物弁済。このため、手形を振り出しをもって、債務の弁済は完了する。

こうした細かい部分の違いを把握しながら、その雛形や表現を使っていいのかどうか、慎重に見極める必要があります。

そうしないと、知らず知らずのうちに、思った以上にリスクが高い雛形を使ってしまう可能性があります。

ポイント
  • 契約書には、知識がないと理解できない意図が隠されている場合がある。
  • 隠された意図を把握せずに雛形の契約書を使ってはいけない。





理解・評価・修正できないと使ってはいけない

以上のように、いくら日本語が理解できるからといって、必ずしも契約書の記載内容を理解できるとは限りません。

そして、契約書の記載内容は、単に理解すればいいだけではなく、実際の事業での評価ができなければなりません。

そのうえで、必要な部分を「正確な表現で」修正・調整して使うものです。

もちろん、雛形の修正・調整の際には、正確な法律用語・契約文章を使う必要があります。

契約書の雛形は法律用語・契約文章を使って修正・調整する

このように、契約書の雛形は、記載内容を正確に理解し、評価し、修正・調整して、はじめて使いこなせるものです。

逆にいえば、契約書の雛形の理解・評価・修正ができないのであれば、使ってはいけません。

ポイント

雛形の契約書は、記載内容の正確な理解、評価、修正・調整ができる者しか使ってはいけない。