契約におけるトラブルの解決手段としては、裁判が最も一般的な方法ですが、実は、仲裁という制度によっても解決できます。
仲裁は、民事上の紛争の解決を仲裁人に委ね、かつ、仲裁人の仲裁判断に服することによって紛争の解決を図る制度です。
ただ、国内の取引に関する契約では、仲裁制度が使われることはほとんどありません。
というのも、仲裁制度は、国内での契約のトラブルを解決する方法としては、リスクがあるからです。
このページでは、こうした仲裁制度のリスクやメリット・デメリットについて、裁判と比較しながら解説していきます。
仲裁とは
【意味・定義】仲裁とは?
仲裁は、仲裁法にもとづく紛争解決の手段のひとつです。
【意味・定義】仲裁とは?
「仲裁」とは、仲裁法にもとづく紛争解決の手段であって、民事上の紛争の解決を仲裁人に委ね、かつ、仲裁人の仲裁判断に服することにより、紛争の解決を図る制度をいう。
いわゆる一般的な用語の意味での仲裁と、法的な制度としての仲裁はまったく別物の概念です。
ですから、契約書では、安易に「仲裁」という表現を使ってはいけません。
仲裁判断は確定判決と同様の法的効果がある
仲裁の結果、仲裁人が出す判断のことを「仲裁判断」といいます。
この仲裁判断は、裁判所が出す確定判決と同様の法的な効果があります。
具体的には、仲裁判断は、確定判決と同じく、いわゆる「債務名義」に該当します(民事執行法第22条第6号の2)。
民事執行法第22条(債務名義)
強制執行は、次に掲げるもの(以下「債務名義」という。)により行う。
(1)確定判決
(2)仮執行の宣言を付した判決
(3)抗告によらなければ不服を申し立てることができない裁判(確定しなければその効力を生じない裁判にあつては、確定したものに限る。)
(3の2)仮執行の宣言を付した損害賠償命令
(3の3)仮執行の宣言を付した届出債権支払命令
(4)仮執行の宣言を付した支払督促
(4の2)訴訟費用、和解の費用若しくは非訟事件(他の法令の規定により非訟事件手続法(平成23年法律第51号)の規定を準用することとされる事件を含む。)、家事事件若しくは国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律(平成25年法律第48号)第29条に規定する子の返還に関する事件の手続の費用の負担の額を定める裁判所書記官の処分又は第42条第4項に規定する執行費用及び返還すべき金銭の額を定める裁判所書記官の処分(後者の処分にあつては、確定したものに限る。)
(5)金銭の一定の額の支払又はその他の代替物若しくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求について公証人が作成した公正証書で、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載されているもの(以下「執行証書」という。)
(6)確定した執行判決のある外国裁判所の判決(家事事件における裁判を含む。第24条において同じ。)
(6の2)確定した執行決定のある仲裁判断
(7)確定判決と同一の効力を有するもの(第三号に掲げる裁判を除く。)
このため、仲裁判断にもとづいて、強制執行ができます。
仲裁には「仲裁合意」が必要
紛争解決の手段として仲裁を選択する場合、当事者間で、仲裁による紛争解決をする旨の合意が必要です。
この合意のことを、「仲裁合意」といいます。
仲裁法第2条(定義)
1 この法律において「仲裁合意」とは、既に生じた民事上の紛争又は将来において生ずる一定の法律関係(契約に基づくものであるかどうかを問わない。)に関する民事上の紛争の全部又は一部の解決を一人又は二人以上の仲裁人にゆだね、かつ、その判断(以下「仲裁判断」という。)に服する旨の合意をいう。
(以下省略)
引用元:仲裁法 | e-Gov法令検索
このように、仲裁は、「既に生じた民事上の紛争又は将来において生ずる」トラブルを扱うものです。
理屈のうえでは、トラブルが発生してから仲裁合意をすることもできますが、トラブル発生後の仲裁合意は、現実的ではありません。
このため、一般的な仲裁合意は、あらかじめ契約書で合意しておくことがほとんどです。
契約書を作成する理由・目的
仲裁で紛争を解決するためには、仲裁合意を規定した契約書が必要となるから。
仲裁合意=裁判での紛争解決の放棄
なお、有効な仲裁合意があれば、裁判所は、訴えを却下しなければなりません(仲裁法第14条)。
というのも、一方の当事者が裁判を起こしたとしても、他方の当事者が仲裁合意を持ち出して、「本件での紛争解決は仲裁によるものだ」と抗弁(これを「妨訴抗弁」といいます)します。
この場合、裁判所としては、訴えを却下せざるを得ません。
仲裁法第14条(仲裁合意と本案訴訟)
1 仲裁合意の対象となる民事上の紛争について訴えが提起されたときは、受訴裁判所は、被告の申立てにより、訴えを却下しなければならない。ただし、次に掲げる場合は、この限りでない。
(1)一 仲裁合意が無効、取消しその他の事由により効力を有しないとき。
(2)仲裁合意に基づく仲裁手続を行うことができないとき。
(3)当該申立てが、本案について、被告が弁論をし、又は弁論準備手続において申述をした後にされたものであるとき。
2 仲裁廷は、前項の訴えに係る訴訟が裁判所に係属する間においても、仲裁手続を開始し、又は続行し、かつ、仲裁判断をすることができる。
引用元:仲裁法 | e-Gov法令検索
このため、仲裁による紛争解決を選択した場合、裁判での紛争解決はできなくなります。
もちろん、当事者が、改めて裁判で解決することに合意した場合は、裁判での解決もできます。
ポイント
- 「仲裁」とは、仲裁法にもとづく紛争解決の手段であって、民事上の紛争の解決を仲裁人に委ね、かつ、仲裁人の仲裁判断に服することにより、紛争の解決を図る制度。
- 仲裁判断は確定判決と同様の法的効果がある。
- 仲裁での紛争解決には、「仲裁合意」が必要。
- 仲裁合意は、裁判での紛争解決の放棄ともいえる。
仲裁と裁判の違いは?
このように、紛争解決の手段は、最終的には、裁判か仲裁のいずれかを選択することになります。
では、裁判と仲裁がどう違うのか、比較を見てみましょう。
裁判 | 仲裁 | |
---|---|---|
取扱う機関 | 裁判所 | 仲裁人・仲裁機関 |
審理する人 | 裁判官 | 民間人 |
手続きの回数 | 複数回(日本の場合は3回=三審制) | 1回限り |
事前の合意 | 不要(ただし、第一審を専属的合意管轄裁判所のみに限定する場合は必要) | 仲裁合意が必要 |
出される結論 | 確定判決=債務名義 | 仲裁判断=債務名義 |
結論の公平性・客観性 | 比較的公平・客観的 | 必ずしも公平・客観的とは限らない |
個々の商取引・商慣習の専門性知識 | 必ずしも有しているとは限らない | 専門知識が豊富な仲裁人・仲裁機関もある |
結論の執行力 | 裁判がおこなわれた国では強制執行が可能。国外については、ケース・バイ・ケース | 国内外問わず、「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(ニューヨーク条約)」加盟国では強制執行が可能 |
審理の公開・非公開 | 原則として公開される(非公開とする手続きもある) | 非公開 |
手続きに要する費用 | 比較的高い | 比較的安い |
裁判・仲裁のメリット・デメリットは?
裁判のメリット・デメリット
仲裁と比較した場合の裁判のメリット・デメリットは、次のとおりです。
裁判のメリット
- 比較的、客観性・公平性が担保された判決が出る。
- 複数回の裁判の機会(日本では三審制)があるため、正確な判決が期待できる。
- 訴訟を提起した裁判所の国内では、強制執行が容易にできる。
- 判決が出る前に、仮差押・仮処分などの、暫定的な保全処分の申立てができる。
裁判のデメリット
- 裁判官は個々の商取引・商慣習に必ずしも詳しくないため、商取引・商慣習の実態に適合していない不合理な判決を出す可能性がある。
- 複数回おこなわれる可能性があるため、手続きに費用がかかる。
- 確定判決が出たとしても、海外ではそのまま強制執行できず、別途執行手続きを取る必要がある。場合によっては、確定判決があっても、強制執行できない国もある。
- 原則として公開の審理であるため、企業秘密等が公開されることもある(非公開とする手続きもある)。
仲裁のメリット・デメリット
裁判と比較した場合の仲裁のメリット・デメリットは、次のとおりです。
仲裁のメリット
- 個々の商取引・商慣習に詳しい仲裁人・仲裁機関を選んだ場合、商取引・商慣習の実態に適合した合理的な仲裁判断が期待できる。
- 裁判とは違って、1回だけの審理であるため、手続きに要する費用が安い。
- 仲裁判断があれば、「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(ニューヨーク条約)」加盟国であれば、強制執行が容易にできる。
- 非公開の審理であるため、企業秘密を秘匿したままにできる。
デメリット
- 裁判とは違って、事前に仲裁合意が必要となる。
- 必ずしも、公平・客観的な仲裁判断が出るとは限らない。
- 1回だけの審理のため、正確な仲裁判断が出るとは限らない。
仲裁は国際取引に使う制度
外国の裁判所は必ずしも公平・中立・客観的・正確ではない
仲裁の制度は、本来は、国際取引において使われることが多い制度です。
国内取引に比べて、国際取引では、紛争が起こった場合、裁判での解決が期待できません。
そもそも、外国(特に発展途上国)の裁判所、特に発展途上国の裁判所は、日本や先進国の裁判所に比べて、公平性・中立性・客観性・正確性のいずれかに問題がある場合が多いです。
このため、いくら有利な状況だったとしても、必ずしも有利な確定判決を得られるとは限りません。
国際取引の契約では強制執行に時間・手間がかかる
また、たとえ裁判で有利な確定判決が出たとしても、その裁判所とは別の国で強制執行をおこなうためには、執行をおこなう外国の裁判所で手続きをする必要があります。
このように、確定判決にもとづく強制執行には、裁判とは別の手続きが必要なため、コストばかりがかかってしまいます。
しかも、確定判決が出た国と、強制執行をおこなう国とが異なる場合、必ずしもその確定判決が、強制執行をおこなう国で有効となるとは限りません。
例えば、2022年12月20日現在、日本と中国とでは、相互に、相手国の裁判所が出した確定判決にもとづく強制執行はできません。
仲裁は国際取引でこそ真価を発揮する
これに対し、仲裁による紛争解決では、一回の仲裁判断だけで手続きは終了するため、迅速に紛争解決を図ることができます。
そして、世界の主要な国々が締約している、ニューヨーク条約により、仲裁判断にもとづく速やかな強制執行をおこなうことができます。
確かに、後述するとおり、仲裁制度は、公平性・中立性・客観性・正確性に問題がある場合もあります。
ただ、海外(特に発展途上国)の裁判所に比べると、仲裁機関によっては、十分に公平・中立・客観的・性格な仲裁判断を出してくれる場合もあります。
このため、仲裁は、裁判によるトラブルの解決が期待できない場合にこそ活用するべき制度です。
ポイント
- 仲裁は、国際取引に使う制度であって、日本国内で使う紛争解決の手段ではない。
- 日本の裁判所と違って、外国の裁判所は必ずしも公平・中立・客観的・正確ではない。
- 国際取引の契約では、確定判決による強制執行に時間・手間がかかる。そもそも、確定判決では強制執行ができない場合もある。
- 仲裁は、裁判所の機能が期待できない国際取引でこそ、真価を発揮する制度。
仲裁人次第では極めて不公平な仲裁判断が出る
仲裁のリスク=不公平な仲裁人のリスク
仲裁制度は、悪用されるてしまうと、非常に危険です。
仲裁の問題点は、仲裁人の公平性にあります。
裁判官と違って、仲裁人は、当事者の合意によって選ばれることになります。
ということは、仲裁人は、必ずしも公平な仲裁判断をしてくれるとは限りません。
ですから、仲裁合意で不公平な仲裁人を選定した場合、いざ紛争になった場合、非常に不利な仲裁判断をされてしまう危険性があります。
一部の契約では仲裁合意に制限がある
このため、当事者間の力関係によっては、不利な条件であっても締結せざるを得ない場合もあります。
このような欠点が指摘されていたため、仲裁法には法案の段階から批判がありました。
そこで、消費者と事業者の間の仲裁や、個々の労働者と事業主との間の仲裁については、一定の制限を設けています(あくまで附則によってですが)。
しかし、これら以外にも、事業者間の契約では、明らかに上下関係の差が歴然とした契約も存在します。
仲裁制度を悪用されないように、契約を締結する際は、必ず紛争処理条項を確認し、安易な仲裁合意は慎しむべきです。
ポイント
- 仲裁では、不公平な仲裁人・仲裁機関により、合法的に不公平な仲裁判断が出されてしまうリスクがある。
- 消費者と事業者との契約や、労働者と使用者との契約では、仲裁合意に制限がある。