公正証書作成嘱託委任状とは、公正証書の作成を委任する委任状ことです。
公正証書作成嘱託委任状自体は、法律的なリスクは、それほど高くはありません(もちろん、内容次第です)。
問題となるのは、「強制執行認諾約款」が付いている公正証書作成嘱託委任状です。
このページでは、こうした強制執行認諾約款付きの公正証書作成嘱託委任状について、解説します。
公正証書作成嘱託委任状・強制執行認諾約款とは
【意味・定義】公正証書作成嘱託委任状とは?
公正証書とは、「私人(個人又は会社その他の法人)からの嘱託により,公証人がその権限に基づいて作成する文書のこと」です。
公証人は、公証役場という法務省が管轄する一種の役所で執務をおこなう者であり、国家公務員ではありませんが、実質的には公務員(=みなし公務員)とされます。
公正証書は、第三者であり、かつ、みなし公務員である公証人が作成するため、証拠能力が非常に高いとされます。
公正証書作成嘱託委任状は、こうした性質の公正証書の作成を嘱託(=委任)する委任状のことです。
実は、これ自体は、リスクがあるというわけではありません(もちろん内容次第です)。
【意味・定義】強制執行認諾約款・強制執行認諾条項とは?
問題は、この公正証書作成嘱託委任状に、いわゆる「強制執行認諾約款」が付いている場合です。
【意味・定義】強制執行認諾約款・強制執行認諾条項とは?
「強制執行認諾約款」または「強制執行認諾条項」とは、強制執行を受けた場合、異議を申し立てずに執行に服することを認諾する条項のことをいう。
公正証書には、この強制執行認諾約款・強制執行受諾条項などと呼ばれている条項が付いている場合があります。
実は、公正証書作成嘱託委任状は、この強制執行認諾約款・強制執行認諾条項が問題となります。
ポイント
- 公正証書とは、「私人(個人又は会社その他の法人)からの嘱託により,公証人がその権限に基づいて作成する文書のこと」
- 「強制執行認諾約款」とは、強制執行を受けた場合、異議を申し立てずに執行に服することを認諾する条項のことをいう。
裁判の手続きを省略するための委任状
強制執行認諾約款付き公正証書作成嘱託委任状=裁判省略の書類
強制執行認諾約款付きの公正証書作成嘱託委任状があると、「強制執行を認諾した条項がついた公正証書」を作成されてしまいます。
この強制執行認諾約款付きの公正証書があれば、裁判での確定判決を経ずに強制執行ができてしまいます。
強制執行とは、債権者の申立により、裁判所が、債務者に対する請求権を強制的に実現することです。
【意味・定義】強制執行とは?
強制執行とは、判決等の債務名義を得た債権者の申立てにもとづき、債務者に対する請求権を裁判所が強制的に実現する手続をいう。
一般的には、強制執行は、債権者の申し立てによって、債務者が所有する財産を差し押さえ、競売にかけることをいいます。
強制執行認諾約款付きの公正証書は、こうした強制執行を簡単にできてしまう書類である、ということです。
契約書を作成する理由・目的
強制執行を簡単におこなうためには、特約として強制執行認諾約款を規定した公正証書が必要となるから。
本来の強制執行は手間がかかる
実は、本来、強制執行の申立てをするのは、非常に手間がかります。
強制執行を申し立てるためには、債権の存在を明確に証明した公文書=債務名義が必要です(民事執行法第22条)。
民事執行法第22条(債務名義)
強制執行は、次に掲げるもの(以下「債務名義」という。)により行う。
(1)確定判決
(2)仮執行の宣言を付した判決
(3)抗告によらなければ不服を申し立てることができない裁判(確定しなければその効力を生じない裁判にあつては、確定したものに限る。)
(3の2)仮執行の宣言を付した損害賠償命令
(3の3)仮執行の宣言を付した届出債権支払命令
(4)仮執行の宣言を付した支払督促
(4の2)訴訟費用、和解の費用若しくは非訟事件(他の法令の規定により非訟事件手続法(平成23年法律第51号)の規定を準用することとされる事件を含む。)、家事事件若しくは国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律(平成25年法律第48号)第29条に規定する子の返還に関する事件の手続の費用の負担の額を定める裁判所書記官の処分又は第42条第4項に規定する執行費用及び返還すべき金銭の額を定める裁判所書記官の処分(後者の処分にあつては、確定したものに限る。)
(5)金銭の一定の額の支払又はその他の代替物若しくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求について公証人が作成した公正証書で、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載されているもの(以下「執行証書」という。)
(6)確定した執行判決のある外国裁判所の判決(家事事件における裁判を含む。第24条において同じ。)
(6の2)確定した執行決定のある仲裁判断
(7)確定判決と同一の効力を有するもの(第三号に掲げる裁判を除く。)
債務名義の代表例は、裁判の確定判決(民事執行法第22条第1号)です。
この他にも、大半の債務名義が、裁判所の手続きが必要であり、非常に手間がかかります。
これに対し、強制執行認諾約款付き公正証書は、民事執行法第22条第5号により、裁判の手続きが必要ない債務名義です。
強制執行認諾約款付き公正証書作成嘱託委任状=裁判での救済がない
以上の強制執行認諾約款付き公正証書と同作成嘱託委任状の性質について、整理すると、次のとおりです。
強制執行認諾約款付き公正証書作成嘱託委任状等の書類の関係
- 強制執行認諾約款付き公正証書:裁判での手続き(=確定判決等)を経ずに強制執行ができる(されてしまう)書面。
- 強制執行認諾約款付き公正証書作成嘱託委任状:裁判での手続きを経ずに強制執行ができる(されてしまう)書面の作成を委任する委任状。
つまり、この強制執行認諾約款付き公正証書作成嘱託委任状を相手に交付することは、確定判決並みの強制力がある文書の作成権限を相手に委ねるということです。
言い方を変えれば、この強制執行認諾約款付き公正証書作成嘱託委任状へのサインは、裁判による救済を放棄する書面であるともいえます。
ポイント
- 強制執行認諾約款付き公正証書作成嘱託委任状は、裁判の手続きの省略を目的とした書類。
- 強制執行の手続きは、本来はとても手間がかかるが、強制執行認諾約款付きの公正証書は、ほとんど手間がかからない。
- 強制執行認諾約款付き公正証書作成嘱託委任状の作成は、裁判の手続きの省略=裁判の救済を放棄する書面。
公正証書作成嘱託委任状へのサインは慎重に
万が一の場合でも裁判による救済は受けられない
強制執行認諾約款付きの公正証書は、これほど強力な証拠能力があり、また、強制執行に必要な債務名義となります。
このため、白紙委任状ほどではないにしろ、公正証書作成作嘱託委任状に署名押印してしまうと、強制執行認諾約款付きの公正証書が作成されてしまい、これが大きなリスクとなります。
もちろん、強制執行認諾約款付きの公正証書が作成されたとしても、スムーズに契約が履行できれば、何の問題もありません。
ただ、万が一、やむをえない理由によって契約が履行できなかった場合には、強制執行認諾約款があるおかげで、裁判による救済を受ける間もなく、いきなり強制執行されてしまいます。
三審制の裁判で救済される可能性を残しておく
強制執行認諾約款付きの公正証書は、このような「裁判による救済を受けられない」というリスクがあります。
契約のトラブルが発生した場合、いきなり強制執行を申し立てられるよりは、協議や裁判により、少しでも状況を改善できる可能性があったほうが、まだマシです。
特に、裁判に持ち込む場合、三審制により最大で3回は救済を受けるチャンスがあるうえ、それなりに費用がかかるため、相手方から譲歩や妥協を引き出せる場合もあります。
このため、よほど必要に迫られない限り、強制執行認諾約款付きの公正証書作成嘱託委任状への署名・押印は、するべきではありません。
不本意に公正証書作成嘱託委任状に署名押印した場合は「解任」する
なお、詐欺や強迫などにより不本意にも公正証書作成嘱託委任状に署名押印をしてしまった場合、すぐに委任契約の解除(民法第651条)をしましょう。
委任契約の解除は、「いつでも」=理由を必要とせずに、一方的におこなうことができます(もっとも、実際に公正証書が作成されてしまう前におこなう必要があります)。
この際、委任契約の解除は、必ず配達証明付きの内容証明郵便によっておこないます。
これは、委任契約の解除の通知を確実におこなったという証拠を残す必要があるからです。
ポイント
- 強制執行認諾約款付きの公正証書を作成すると、裁判による救済は受けられない。
- どんなに不利な状況でも、裁判による救済を受けられる可能性を残しておく。
- 不本意に公正証書作成嘱託委任状に署名押印した場合は、配達証明付きの内容証明郵便で、すぐにその委任契約を解除する。