契約は、原則として、契約書がない、いわゆる「口約束」でも成立するものです。
ですので、企業間取引であっても、「契約書を作成するのは面倒くさい。口約束でもいいでしょ?」と感じる方は多いのではないでしょうか。
ところが、実際には、多くの企業間取引で契約書を作成して取り交わしています。
特に、大手企業では、法務部などの様々な部署が関わり、必ずと言っていいほど契約書を作成しています。
その理由・目的は様々ですが、もっとも重要な理由・目的は、契約書は、万が一、契約に関して裁判となった場合、非常に強力な証拠となるからです。
こうした事情があるからこそ、企業は、取引きの証拠を確保することを目的として、わざわざお金をかけてまで、契約書を作成するのです。
ただ、契約書は、証拠能力が高いために、いい加減な契約書は、”いい加減な証拠”となってしまいます。
このため、単に契約書を作成すればいい、というほど単純なものではありません。
このページでは、こうした契約書の証拠能力と作成する際の注意点について、開業22年・400社以上の取引実績がある行政書士が、わかりやすく解説していきます。
契約書は裁判で勝つ・有利な判決を受けるために作成する
裁判では契約書の記載が重要となる
契約書を作成する理由・目的は、裁判に勝つためです。
裁判では、物的な証拠が非常に重要です。
特に日本の裁判制度では、証拠裁判主義(=証拠によって事実を認定すること)が採用されています(民事訴訟法第179条、第247条参照)。
このため、裁判で自分に有利な判決を勝ち取ろうとした場合、自分にとって有利な証拠を出す必要があります。
契約書を作成する理由・目的
裁判では、自社にとって有利な判決を受けるためには、自社にとって有利で客観的な証拠となる契約書が必要となるから。
民事訴訟法では、証人尋問・当事者尋問・鑑定・証書・検証の5つが証拠として認められますが、このうち、最も有効な証拠が、証書=契約書に記載された”事実”です。
証拠は「客観的」でなければならない
裁判に提出する証拠は、客観的なものでなければなりません。
逆にいえば、主観的な証拠は、証拠能力としては、著しく低く評価されます。
裁判は、当事者の争いに見えるかもしれませんが、実際はそうではありません。
実際の裁判は、当事者が自分にとって都合がよく、かつ客観的な証拠を裁判官に提示する、一種のプレゼンのようなものです。
自由心証主義により裁判官を納得させられるかがポイント
このように、裁判では、第三者である裁判官をいかに納得させるかが重要となります。
日本の裁判では、最終的には、裁判官の心証によって、判決が下されます。これを、自由心証主義といいます。
民事訴訟法第247条(自由心証主義)
裁判所は、判決をするに当たり、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果をしん酌して、自由な心証により、事実についての主張を真実と認めるべきか否かを判断する。
第三者である裁判官としては、当事者の主観的な主張よりも、物的な証拠などのような、なるべく客観的な証拠を重視します。
ポイント
- 裁判では、証書=契約書の記載が重要となる。
- 裁判の証拠は、客観的でなければならない。
- 裁判は、自由心証主義にもとづき判決が出されるため、いかに裁判官を納得させるかが重要となる。
契約書が裁判における最も有効で便利な証拠である理由
裁判の証拠としての契約書が重要な理由とは?
このように、裁判では、客観的な証拠があって、はじめて有利な主張ができます。
このため、契約に関する裁判では、契約書にもとづく主張が重要となります。
ほとんどの大手企業が法務部を設置し、所属する社員が毎日契約書をチェックしているのも、裁判に勝つ、あるいは負けないようにするためです。
では、なぜそれほど契約書が重要であるのか、また、他の証拠ではダメなのかについて、解説します。
裁判の証拠としての契約書が重要な理由
- 【理由1】客観的な証拠であるため
- 【理由2】当事者の合意であるため
- 【理由3】改ざんが難しいため
- 【理由4】簡単に用意できる証拠であるため
【理由1】客観的な証拠であるため
1つ目の理由は、契約書が、契約当事者がトラブルになる前、つまり過去に直接的に取交したものだからです(いわゆる「直接証拠」)。
ですから、少なくとも記載された表現について、過去に双方が合意していた客観的な証拠となります。
ただし、記載された契約条項の「解釈」については、主観的な主張になります。
このため、契約書を作成する際には、なるべく解釈について争いにならない書き方が重要となります。
【理由2】当事者の合意であるため
2つ目の理由は、契約書が、契約当事者の合意を記載したものだからです。
契約書は、契約当事者が一方的にする主張のような、主観的なものではありません。
「過去に合意した」という事実は、原則としては、覆すことができない、決定的な証拠となります。
例外として、錯誤、詐欺や強迫など、極めて特殊な事情がある場合は、契約書の内容を覆すことができます。
【理由3】改ざんが難しいため
3つ目の理由が、契約書は、改ざんが難しいからです。
通常、企業間取引の契約書は、当事者の数だけ作成し、各当事者が、1部づつ保管するものです。
このため、自分が持っている契約書はいくらでも改ざんできますが、相手が持っている契約書までは改ざんできません。
また、最近普及しつつある電子契約サービスは、技術的には改ざんできない仕組みになっています。
こうした事情により、通常は、契約書が改ざんされることはなく、証拠として採用されやすい、という事情があります。
【理由4】簡単に用意できる証拠であるため
民事訴訟法での証拠は証人尋問・当事者尋問・鑑定・証書・検証の5つ
4つ目の理由は、他の証拠に比べて、契約書は、簡単に用意できるものだからです。
民事訴訟法では、裁判の証拠として、次の5つを規定しています。
民事訴訟法に規定する証拠
- 証人尋問(民事訴訟法第190条以下参照):第三者である証人に対する尋問にもとづく証言
- 当事者尋問(民事訴訟法第207条):当事者に対する尋問にもとづく証言
- 鑑定(民事訴訟法第212条以下参照):鑑定人による鑑定にもとづく知識・意見
- 証書(民事訴訟法第219条参照):契約書などの書面、図面、写真、録音テープ、ビデオテープなどの内容
- 検証(民事訴訟法第232条以下参照):裁判官自身による検証結果
契約書は、このうちの証書に該当します。
契約書は簡単・確実に用意できる唯一の有力な証拠
一般的に、契約書を用意するのは非常に面倒なように思われます。
ところが、実は、契約書は、他の4つの証拠に比べると、簡単に、しかも確実に用意できる、唯一の有力な証拠です。
各種証拠の問題点
- 証人尋問:証人が見つかるとは限らない。証人が自身にとって有利な証言をしてくれるとは限らない。
- 当事者尋問:当事者の証言であるため、決定的な証拠とはならない。
- 鑑定:鑑定対象があるとは限らない。鑑定結果が自身にとって有利とは限らない。
- 証書:契約書等の事前に用意できるもの以外は、用意できるとは限らない。
- 検証:検証対象があるとは限らない。検証結果が自身にとって有利とは限らない。
このような事情があるため、まともな企業は、契約書を作成することで、少しでも有利に裁判を戦えるように準備するのです。
ポイント
- 大企業が法務部で契約書をチェックしているのは、裁判で勝つためであり、負けないため。
- 契約書は、過去の当事者の合意=直接証拠であるため、客観性が高い。
- 契約書は、当事者の一方的な主張ではなく、また、過去の合意であるため、覆すことがきない。
- 契約書は、それぞれの当事者が1部づつ保管するため、改ざんができない。
- 契約書は、他の証拠に比べると、簡単・確実に用意できる、(場合によっては自身にとって有利にできる)唯一の有力な証拠。
単に契約書を用意すればいいわけではない
用意するのは「自身にとって有利な契約書」
では、単に契約書を用意すれば必ず裁判で有利になるかというと、そうではありません。
すでに触れたとおり、一般的には、日本の裁判では、契約書は、非常に証拠能力が高いとされています。
ただ、これは、あくまで「証拠能力が高い」というだけの話です。
自身にとって有利な契約書は、当然、裁判では、有利な証拠となります。
逆に、自身にとって不利な契約書は、不利な証拠となります。
不利な内容の契約書はないほうがマシ
つまり、契約書は、単に用意すればいいというものではありません。
契約書は、裁判になった場合を見越して、より自身にとって有利な内容としなければならないのです。
不利な内容の契約書であれば、場合によっては、ないほうがマシなこともあります。
このため、契約書を作成する際は、常に「この契約書は自分にとって不利に機能するかもしれない」という危機感を持つ必要があります。
特にファーストドラフトの提示には注意する
ファーストドラフトの提示により契約交渉の主導権を握れる
この点について、特に注意しなければならないのが、自身の側がファーストドラフトを提示する場合です。
ファーストドラフト(first draft)とは、契約実務では、最初に提示される契約書の草稿のことを意味します。
【意味・定義】ファーストドラフト(first draft)とは?
ファーストドラフト(first draft)とは、契約実務において、一方の当事者から、相手方に対し提示される、最初の契約書の草稿のことをいう。
一般的に、契約実務では、ファーストドラフトを提示する側が契約交渉の主導権を握ることが多いとされます。
このため、自社の側がファーストドラフトを提示できる場合は、それだけ契約交渉が有利に運ぶと思いがちです。
自身にとって不利なファーストドラフトはリスクでしかない
ところが、せっかくファーストドラフトを提示できる立場になったとしても、自身にとって不利な内容の契約書を提示してしまった場合、かえって自身にとってはリスクとなってしまいます。
企業によっては、相手方の契約実務の能力を見極めるために、敢えてファーストドラフトを提示させることがあります。
こうした企業は、出てきたファーストドラフトを十分に検討した後で、「本命」であるカウンタードラフト(counter draft)を提示し、主導権を握り返すのです。
このため、下手なファーストドラフトを提示してしまうと、取り返しのつかないリスクとなることもあります。
この他、自社が作成するファーストドラフトのリスクにつきましては、詳しくは、次のページをご覧ください。
ポイント
- 契約書は、自身にとっても有利でも不利でも証拠能力が高い諸刃の剣。
- 用意するのは、自身にとって有利な契約書であり、不利な契約書ではない。
- 自身にとって不利な契約書はないほうがマシ。
- せっかくファーストドラフトを提示できる場合であっても、不利な内容のファーストドラフトを提示してしまうと、逆効果になる。
【補足】契約書なしで裁判に勝てる?
契約書以外の証拠がどれだけあるかによる
このように、契約書は、裁判においては非常に重要な証拠となります。
それでは、契約書がなければ、裁判に勝てないのでしょうか?
これは、契約書以外の証拠がどれだけ揃っているかによります。
契約書以外の証拠が豊富にあれば、契約書なしでも裁判に勝てる可能性が高くなります。
逆に、契約書以外の証拠が少なければ、裁判に勝てる可能性は低くなります。
民事訴訟法での証拠は5種類
ここで、契約書以外の証拠について、再度見てみましょう。
民事訴訟法では、裁判の証拠として、次の5つを規定しています。
民事訴訟法に規定する証拠
- 証人尋問(民事訴訟法第190条以下参照):第三者である証人に対する尋問にもとづく証言
- 当事者尋問(民事訴訟法第207条):当事者に対する尋問にもとづく証言
- 鑑定(民事訴訟法第212条以下参照):鑑定人による鑑定にもとづく知識・意見
- 証書(民事訴訟法第219条参照):契約書などの書面、図面、写真、録音テープ、ビデオテープなどの内容
- 検証(民事訴訟法第232条以下参照):裁判官自身による検証結果
すでに触れたとおり、契約書は、上記のうちの証書に該当します。
また、契約書以外の様々な物的証拠もまた、証書に該当します。
このため、契約書なしで裁判に勝つためには、契約書以外の物的証拠や、証書以外の証拠をどれだけ豊富に集められるかにかかっています。
ポイント
- 契約書なしで裁判に勝つためには、契約書以外の証拠を集められるかが重要。
契約書と裁判に関するよくある質問
- 契約書は何のために作成するのですか?
- 契約書は裁判で勝つ、あるいは有利な判決を受けるために作成します。
- 契約書が裁判における最も有効で便利な証拠である理由を教えて下さい。
- 契約書が裁判における最も有効で便利な証拠である理由は、以下のとおりです。
- 【理由1】客観的な証拠であるため
- 【理由2】当事者の合意であるため
- 【理由3】改ざんが難しいため
- 【理由4】簡単に用意できる証拠であるため