期限の利益の喪失とは、債権者が、債務者に対して、債務履行の期限の到来前であるにもかかわらず、債務の履行を請求できるようになる条項です。
期限の利益喪失条項は、いったんトラブルになった場合、あるいは、トラブルになりそうな場合に、早く相手方に債務を履行してもらうために適用します。
そういう意味では、期限の利益喪失条項は、典型的なリスクの回避または対処のための条項といえます。
また、実務的には、こうした期限の利益喪失条項を適用できるトラブルを、具体的に規定していきます。これを「期限の利益喪失事由」といいます。
このページでは、こうした期限の利益喪失条項や、期限の利益喪失事由について、わかりやすく解説していきます。
契約書における期限の利益・期限の利益の喪失とは
【意味・定義】期限の利益とは?
「期限の利益の喪失」について正確に理解するために、まず、「期限の利益」の定義について説明します。
【意味・定義】期限の利益とは?
期限の利益とは、期限の到来までは、債務の履行をしなくてもよい、という債務者の利益をいう。
一般的な感覚だと、期限は、その時点までに、何かを「しなければならない」という、義務を意味するものと考えがちです。
典型的な例だと、「納入期限」(=納期)が該当します。
ところが、民法上の期限の概念は、「期限は、債務者の利益のために定めたもの」(民法第136条第1項)です。
民法第136条(期限の利益及びその放棄)
1 期限は、債務者の利益のために定めたものと推定する。
2 期限の利益は、放棄することができる。ただし、これによって相手方の利益を害することはできない。
引用元:民法 | e-Gov法令検索
つまり、民法上の期限は、債務者が、何かを「しなくてもいい」という、利益(一種の権利)のことを意味します。
【意味・定義】期限の利益の喪失とは?
その期限の利益を失うことを、契約実務では「期限の利益の喪失」といいます。
【意味・定義】期限の利益の喪失とは?
期限の利益の喪失とは、債務者の期限の利益が喪失し、期限の到来前に、債務の履行を求められることをいう。
契約実務では、支払期限や、納入期限のように、何かの債務の履行には、必ずといっていいほど、期限が設定されています。
期限の利益喪失条項が適用されると、こうした期限の前でも、債権者は、債務者に対して、債務の履行を請求できるようになります。
ポイント
- 期限の利益とは、期限の到来までは、債務の履行をしなくてもよい、という債務者の利益のこと。
- 期限の利益の喪失とは、債務者の期限の利益が喪失し、期限の到来前に、債務が履行されること。
契約実務では期限の利益喪失条項は緊急事態で適用する
債権者にとっては期限は不利益
すでに述べたとおり、期限の利益は、債務者にとっての利益ですので、債権者にとっては不利益となります。
具体的には、期限の到来までは、債務者による債務の履行を待たなければならない、という不利益です。
債権者の勝手な都合によって、期限=債務の履行を早められません。
債権者は、原則としては、何があろうとも、期限の到来まで、債務の履行を待たなければなりません。
期限の利益の喪失は期限まで待てない場合に適用する条項
ただ、実際のビジネスの現場では、期限の到来を待っていられない緊急事態があります。
例えば、後払いの売買契約や請負契約の場合に、支払期限の前に、発注者が不渡りになってしまった状況などです。
このような緊急事態では、受注者が悠長に支払期限まで待っていると、期限が到来した頃には、本来支払われるべき金銭がなくなってしまいます。
そうならないために、受注者=債権者が、発注者=債務者に対し、直ちに金銭の支払いの請求を可能にする条項が、期限の利益喪失条項です。
ポイント
- 期限の利益喪失条項は、債権者が緊急事態に備えて規定する。
- 期限の利益の喪失は、債権者が期限まで債務の履行を待てない場合に適用する条項。
期限の利益喪失事由を契約書に追加する
期限の利益喪失条項の書き方は?
では、実際に期限の利益喪失を見てみましょう。
【契約条項の書き方・記載例・具体例】期限の利益の喪失に関する条項
第○条(期限の利益の喪失)
本契約の当事者が次の各号の事由に該当した場合、当該当事者は、本契約にもとづく一切の債務の履行につき期限の利益を失い、直ちに残債務のすべてを履行するものとする。
(1)(以下省略)
(※便宜上、表現は簡略化しています)
このように、期限の利益喪失条項では、一般的に、期限の利益を喪失する事由を各号で列記するように規定します。
【意味・定義】期限の利益喪失事由とは?
この期限の利益を喪失する事由のことを、「期限の利益喪失事由」といいます。
【意味・定義】期限の利益喪失事由とは?
期限の利益喪失事由とは、債務者が期限の利益を喪失する事由をいう。
契約書に期限の利益喪失条項を規定する際は、特に債権者側の立場としては、この期限の利益喪失事由の規定が非常に重要となります。
民法上の期限の利益喪失事由はたったの3つ
というのも、民法では、期限の利益喪失事由が、わずか3つしか規定されていません。
期限の利益の喪失は、民法では、第137条に規定されています。
民法第137条(期限の利益の喪失)
次に掲げる場合には、債務者は、期限の利益を主張することができない。
(1)債務者が破産手続開始の決定を受けたとき。
(2)債務者が担保を滅失させ、損傷させ、又は減少させたとき。
(3)債務者が担保を供する義務を負う場合において、これを供しないとき。
引用元:民法 | e-Gov法令検索
この規定では、債権者は、極めて限定的な状況でしか期限の利益を喪失させることができません。
第1号にあるように、債務者の破産手続開始の決定まで待っていたら、回収するべき債権は、とっくに無くなっています。
また、第2号や第3号は、そもそも担保があることが前提となっています。
契約書で期限の利益喪失事由を追記することが重要
このように、民法上の期限の利益喪失事由は、極めて少ないため、契約書を作成する際は、特約で期限の利益の喪失事由を追記します。
期限の利益喪失事由は、債務者が債務の履行ができなくなる事態を中心に規定します。
つまり、債権者としては、債務者が債務を履行できなくなる状況(=期限の利益喪失事由)をあらかじめ想定し、その状況になった場合に、期限の利益を喪失させるように規定します。
契約書を作成する理由・目的
民法上の期限の利益の喪失に関する規定は、あまりにも限定的であることから、特約として期限の利益喪失事由を追加した契約書が必要となるから。
例えば、金銭消費貸借契約や売買契約などでは、借金の返済や売買代金の支払条件が分割や後払いになっている契約では、ほとんどこの期限の利益喪失条項が定められています。
この場合、債務者は、「一回でも元金もしくは利息の支払いを怠った場合」や、「一回でも代金の支払いを怠った場合」は、期限の利益を喪失し、直ちに未払い金の全額の支払いをしなくてはならなくなります。
ポイント
- 期限の利益喪失事由とは、債務者が期限の利益を喪失する事由のこと。
- 民法上の期限の利益喪失事由はたったの3つでであり、内容も実務的には不十分。
- 契約書で期限の利益喪失事由を追記することが重要。
期限の利益喪失事由の具体例
期限の利益喪失事由の具体例一覧
具体的な期限の利益の喪失事由は、以下のとおりです。
期限の利益喪失事由の具体例
- 公租公課・租税の滞納処分
- 支払い停止・不渡り処分
- 営業停止・営業許可取り消し
- 営業譲渡・合併
- 債務不履行による仮差押え・仮処分・強制執行
- 破産手続き開始申立て・民事再生手続き開始申立て・会社更生手続開始申立て
- 解散決議・清算
- 労働争議・災害等の不可抗力
- 財務状態の悪化
- 信用毀損行為
- 契約違反・債務不履行
なお、これらの事由は、約定解除権における、いわゆる「契約解除事由」と共通するものです。
つまり、多くの期限の利益喪失事由は、契約解除に相当するような、危機的な緊急事態を定めたものといえます。
また、逆に、契約解除事由に相当するような事態では、期限の利益を喪失させるべきだともいえます。
このため、契約書の書き方としては、契約解除事由と期限の利益の喪失事由を共通にして、一方を引用する形で規定することもあります。
契約内容に適合した期限の利益喪失事由を規定する
実際の契約書では、これらの事由をすべて規定することもありますし、逆に減らすこともあります。
また、単にこれらの典型的な期限の利益喪失事由を機械的に規定しておけばいい、というものではありません。
期限の利益喪失条項は、危機的状況や緊急事態の回避のための条項ですから、契約の内容ごとに、最適な期限の利益喪失事由を規定するべきです。
間違っても、契約書の雛形をそのまま使ったり、内容を検討もせずにコピーアンドペーストで規定してはいけません。
ポイント
- 一般的な期限の利益喪失事由は、あくまでどの契約でもありがちな典型例に過ぎない。
- 期限の利益喪失事由は、契約の実態に合った、最適なものを規定するべき。
当然喪失事由と請求喪失事由とは?
【意味・定義】当然喪失事由・請求喪失事由とは?
期限の利益喪失事由は、2種類あります。
ひとつは「当然喪失事由」、もうひとつは「請求喪失事由」です。
【意味・定義】当然喪失事由・請求喪失事由とは?
- 当然喪失事由とは、発生した場合に、債権者からの通知や請求を要せずして、当然に期限の利益が喪失する事由をいう。
- 請求喪失事由とは、発生した場合であっても、債権者からの通知や請求があることにより、期限の利益が喪失する事由をいう。
一般的に、緊急性が高い事由については当然喪失事由とし、そうでない事由については請求喪失事由とします。
債務の履行に関わる緊急度に応じて使い分ける
具体的には、債務者の債務の履行に重大な影響を与えるような緊急事態は、当然喪失事由とします。
つまり、当然喪失事由は、いちいち通知や請求をしている時間すらもったいないくらいの、緊急事態の事由です。
当然喪失事由の規定のしかた
当然喪失事由は、通知や請求の時間的余裕がない、緊急事態として規定する。
これに対し、それほど緊急性が高くないまでも、債務者の債務の履行に影響を与える事態は請求喪失事由とします。
つまり、請求喪失事由は、債務者に対し通知や請求をする余裕がある事態や、債権者として期限の利益を喪失させる程度のものか検討に値する事態の事由です。
請求喪失事由の規定のしかた
請求喪失事由は、通知や請求の時間的余裕がある事態や、債権者の裁量により期限の利益を喪失させるかどうかを検討できる事態として規定する。
これについても、契約解除に催告が必要か、または不要か、という点と同様です。
ポイント
- 当然喪失事由とは、発生した場合に、債権者からの通知や請求を要せずして、当然に期限の利益が喪失する事由のこと。
- 請求喪失事由とは、発生した場合であっても、債権者からの通知や請求があることにより、期限の利益が喪失する事由のこと。
- 当然喪失事由は、緊急度が高い事態として規定する。
- 請求喪失事由は、緊急度が低い事態または債権者が裁量により期限の利益を喪失させるかどうか検討するべき事態として規定する。
期限の利益喪失条項は債権回収に影響する
期限の利益の喪失条項は債権者にとっては必須の条項
なお、期限の利益を喪失し、債務の期限が到来すると、強制執行や差押の着手が可能となります。
また、いわゆる「相殺適状」となり、相殺が可能となったりします。
このように、期限の利益喪失条項は、単に債務者の債務の履行期限が早まるだけではなく、債権回収に大きな影響を与えます。
そういう意味でも、期限の利益喪失条項は、債権者の債権回収にとって、極めて重要な条項でもあります。
期限の利益の喪失条項は債務者にとってはまったく必要ない
自身の債務の内容で必要・不必要を判断する
逆に言えば、期限の利益の喪失条項は、債務者にとっては単に不利になるだけの条項です。
このため、期限の利益の喪失条項は、債務者の立場としては、契約書に記載する必要はまったくありません。
この点から、契約書を作成する際には、自身の債務の内容を考慮して、期限の利益の喪失条項を規定するべきかどうかを判断します。
期限の利益の喪失条項は金銭債務の債務者の場合は必要ない
例えば、業務委託契約の委託者の立場の場合、金銭の支払いという点では、委託者は債務者の立場になります。
この金銭債務の履行について期限の利益の喪失条項を規定したとしても、報酬が後払いの場合は、支払いが前倒しになるリスクがあります。
ましてや、報酬が先払いの場合は、支払った後の話になりますので、期限の利益の喪失条項は、まったく意味がありません。
他方で、受託者による債務の履行(業務の実施)について、期限の利益を喪失させる必要がある場合は、規定を検討してもいいでしょう。
ポイント
- 期限の利益喪失事由は、債権回収に連動する規定であるため、極めて重要。
- 逆に金銭を支払う側の債務者である場合は、期限の利益の喪失条項はなるべく規定しない。