このページでは、契約書の条項のうち、相殺予約の条項について、簡単にわかりやすく解説しています。

相殺の制度は、債務と債権(相手方にとっては債務)を対当額で差し引きする制度です。

この相殺の要件の1つとして、相殺する当事者の債権と相殺される当事者のの債権が、両方とも弁済期である必要があります。

相殺予約の条項は、こうした弁済期の到来の前であっても、相殺ができるよう、予約しておく条項です。

このページでは、こうした相殺の制度全般と、相殺に関係する重要な条項である相殺予約について、わかりやすく解説します。




【意味・定義】相殺とは?

相殺は同じ金額で債権・債務を差し引く制度

【意味・定義】相殺とは?

相殺とは、2者が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときに、各債務者が、その対当額について債務を免れることができる制度をいう(民法第505条)。

相殺とは、自身の立場で考えれば、自身の債務と債権(相手方にとっては債務)を対当額で差し引きする制度のことです。

【意味・定義】対当額とは?

「対当額」とは、同一の額面(簿価)での額、ということです。逆に言えば、債権・債務を時価では計算しません。

例えば、30万円の債権と50万円の債務を相殺する場合は、20万円の債務が残ります。

なお、ありがちなミスですが、「対等額」ではありません。

意外と、契約書の中には、よく「対等額」というタイプミスや思い込みがあるため、リーガルチェックの際には注意が必要です。

【意味・定義】自働債権・受働債権とは?

なお、相殺の際に、相殺する方の債権を「自働債権」といい、相殺される方の債権を「受働債権」といいます。

【意味・定義】自働債権・受働債権とは?
  • 自働債権とは、相殺のときの相殺する側の債権をいう。
  • 受働債権とは、相殺のときの相殺される側の債権をいう。
ポイント
  • 相殺とは、2者が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときに、各債務者が、その対当額について債務を免れることができる制度のこと。
  • 対当額とは、同一の額面(簿価)での額のこと。「対等額」ではない。
  • 自働債権とは、相殺のときの相殺する側の債権のこと。
  • 受働債権とは、相殺のときの相殺される側の債権のこと。





【意味・定義】相殺適状・相殺の3つの要件とは?

相殺をするには、次の3つの要件が必要です。

相殺の3要件
  • 2人が債務を負担していること。
  • その債務が互いに同種の目的を有していること。
  • その債務が弁済期にあること。

そして、これらの相殺の要件を満たしている状態のことを、「相殺適状」といいます。

【意味・定義】相殺適状とは?

相殺適状とは、相殺の3要件を満たした状態をいう。

ポイント
  • 相殺には、2人が債務を負担していること、その債務が互いに同種の目的を有していること、その債務が弁済期にあること―の3要件が必要。
  • 相殺の要件を満たした状態のことを相殺適状という。





【意味・定義】相殺予約とは?

自働債権が弁済期にないと相殺できない

契約実務では、相殺については、3つ目の要件、つまり、債務が弁済期にあるかどうかがポイントとなります。

つまり、片方の債務が弁済期にあっても、もう片方の債務が弁済期にないと、相殺はできません。

もっとも、受働債権(相殺しようとする側にとっての債務)については、期限の利益(民法第136条)を放棄することにより、相殺適状にすることができます。

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よって、自働債権(相殺される側の債務)が弁済期にないと、相殺はできません。

相殺予約により弁済期前の自働債権でも相殺できる

そこで重要となるのが、相殺予約の条項です。

相殺予約の条項を規定しておくことで、自働債権が弁済期前であっても、相殺ができるようになります。

【意味・定義】相殺予約とは?

相殺予約とは、弁済期前の債務であっても、相殺ができるように予約しておく条項をいいます。

この相殺予約の条項を規定することにより、わざわざ自働債権の弁済期が到来する前であっても、相殺ができるようになります。

契約書を作成する理由・目的

民法上の相殺の規定は、自働債権の弁済期が到来していないと相殺できないことから、自働債権が弁済期前であっても相殺できるようにする場合は、特約として相殺予約を規定した契約書が必要となるから。

相殺予約の条項の具体例

【契約条項の書き方・記載例・具体例】相殺予約に関する条項

第○条(相殺予約)

一方の当事者が相手方に対し債権を有している場合、当該当事者は、当該債権の弁済期前であっても、当該債権と当該当事者が相手方に対し有する債務を対当額で相殺できるものとする。

(※便宜上、表現は簡略化しています)




ポイント
  • 相殺は、少なくとも自働債権が弁済期にないとできない。
  • 相殺予約とは、弁済期前の債務であっても、相殺ができるように予約しておく条項のこと。





相殺の具体例・活用方法

契約実務で相殺が使われる3つの場面

一般的な契約において、具体的に相殺をすることは、めったにありません。

ただ、一部の契約では、金銭による決済の省略のために、制度として相殺を導入する場合があります。

具体的には、請負契約における有償支給原材料の決済や、代理店契約における手数料の決済の場合があります。

また、債権回収の手法としても、相殺が使われることもあります。

相殺の具体例
  • 有償支給原材料の決済
  • 代理店契約等における手数料の控除
  • 債権回収

【相殺の具体例1】有償支給原材料の決済

主に請負契約における原材料の決済

製造請負契約や、建設工事請負契約では、注文者から請負人に対し、原材料が支給される場合があります。

この原材料は、無償の場合と有償の場合がありますが、有償の原材料の場合は、注文者には、請負人に対する原材料の代金の支払債権が発生します。

注文者は、この有償の原材料の代金の支払債権と、請負契約の報酬の支払債務を相殺することができます。

つまり、請負代金の報酬の支払いの際には、原材料の代金を相殺=差し引いて支払うことができます。

有償支給原材料等の早期決済は下請法違反

ただし、下請法が適用される場合は、こうした有償支給原材料の早期決済は、禁止されています(下請法第第4条第2項第1号)。

具体的には、親事業者は、請負契約等の報酬の支払いの前に、下請事業者に対し、有償支給原材料の対価の支払い(相殺を含む)を請求してはいけない、ということになります。

つまり、下請法が適用される請負契約等においては、親事業者である注文者は、早期の相殺をしてはいけません。

なお、建設工事請負契約には、下請法は適用されません(下請法第2条第4項)。

【相殺の具体例2】代理店契約等における手数料の控除

代理店契約では、代理店が、製造業者等のサプライヤーの商品・サービスの供給を受けた者からの料金の支払いについて、決済代行をすることがあります。

本来であれば、商品やサービスの供給に間する契約は、サプライヤーとその供給を受けた者との直接の契約ですので、料金のやり取りも、直接おこなうべきものです。

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ただ、こうした料金のやりとりについて、代理店による代理店業務の一部として、料金の決済代行をする場合、その料金から、代理店業務の手数料を控除することが多いです。

この控除も、一種の相殺といえます。

【相殺の具体例3】債権回収

イレギュラーな場合の方法ですが、債権回収の方法としても相殺は利用できます。

典型的な例としては、銀行による、ある企業に対する貸付の債権と預金の債務の相殺があります。

例えば、銀行が、ある企業に対し、1,000万円の融資をしていると同時に、200万円の預金を預かっている場合、預金を融資の返済に充てることも、相殺の一種です。

この他、債権回収の見込みが薄い相手方への債権について、その相手方に対して債務を負っている第三者に売却し、相殺してもらうことで債権回収ができます。

債権譲渡と相殺を利用した債権回収の具体例
  • 当事者Aが、当事者Bに対し、100万円の債権Xを有している。
  • 別の当事者Cが、当事者Bに対し、100万円の債務Yを負っている。
  • 当事者Aが当事者Bからの債権Xの回収が難しいと判断した場合、当事者Cに対し、債権Xを95万円で売却する。
  • 当事者Cが債権Xと債務Yを相殺する。
  • 当事者Aは、額面100万円の債権を95万円分は回収でき、当事者Cは、100万円分の債務を95万円で決済できる。

上記の具体例は、非常にシンプルなモデルですので、実際には、もっと手間がかかる場合が多いです。

 

 

 

 

ポイント
  • 製造請負契約や建設工事請負契約における有有償支給原材料等の代金と請負契約の報酬を相殺することがある。
  • 下請法が適用される契約では、有償支給原材料等の早期決済は下請法違反
  • 決済代行サービスがある代理店契約等では、料金と手数料を相殺することがある。
  • 債権回収のために相殺することがある。