企業間取引の中でも、特に重要な取引の場合、契約交渉に入る前に、秘密保持契約を締結します。
これは、契約を締結する・しないにかかわらず、交渉の過程で、一方または双方の当事者から何らかの秘密情報が開示されるからです。
こうした秘密保持契約は、契約交渉が円満に進み、無事に契約が成立した場合は、特に問題となりません。
ただ、契約交渉が難航し、交渉決裂・破談となった場合に、秘密保持契約の内容が問題となることがあります。
このページでは、こうした契約交渉段階における、秘密保持契約の注意点について、解説します。
契約交渉の前に秘密保持契約を締結する理由は?
法的には原則として秘密保持義務はないから締結する
現在の法律では、契約交渉の段階において適用される秘密保持義務は、原則としてはありません。
このため、秘密保持契約を締結しないと、契約交渉で相手方に開示した情報の漏えいを防ぐことができません。
企業間の契約交渉においては、一方的に、または相互に、重要な情報を開示することがあります。
そこで、契約交渉段階での秘密保持契約の締結は、非常に重要となります。
遅くとも重要な情報を開示する直前に秘密保持契約を締結する
秘密保持契約の締結は、なるべく早くするべきです。
本来であれば、契約交渉に入るかどうかの検討の段階で、最初に秘密保持契約の締結を検討するべきです。
もっとも、何事も秘密保持契約を締結してからでないと交渉ができないのであれば、まともにコミュニケーションが取れません。
そこで、特に漏えいしても困らない情報をやり取りする段階では、特に秘密保持契約はの締結は不要です。
ただし、遅くとも、自社にとって重要な情報(=漏洩されると困る情報)を相手方に開示する前には、秘密保持契約を締結するべきです。
ポイント
- 法的には、原則として秘密保持義務はないため、秘密保持契約を締結しないと、契約交渉中に開示した情報の漏えい・開示は防げない。
- 遅くとも、重要な情報を開示する直前には、秘密保持契約を締結する。
秘密保持契約は交渉決裂・破談を意識して締結・開示する
秘密保持契約は交渉決裂・破談の際に真価を発揮する
契約交渉中の情報漏えい・情報開示はまずない
契約交渉段階での秘密保持契約は、言うまでもなく、交渉中の秘密保持義務を規定することが主な目的です。
ただ、相手方としては、これから契約交渉を経て契約を締結しようとするのに、意図的に重要な情報の漏えいや開示をすることは、まずありません。
せいぜい、過失によって、情報が漏洩することがあるかどうか、という程度の話です。
ただし、交渉に関与していない役員や従業員が故意・過失で漏えい・開示することもあります。
交渉決裂・破談後は情報漏えい・情報開示・不正使用に注意する
交渉決裂・破談後は秘密を守るインセンティブがなくなる
契約交渉の結果、契約が成立した場合は、引き続き、契約関係が続きます。
このため、よほどのことがない限り、意図的な情報の漏えいや開示はありません。
これに対し、契約交渉が決裂し、破談となった場合、それぞれの当事者は、他に契約関係がなければ、関係のない第三者に戻ります。
こうなると、重要な情報を漏えい・開示しないインセンティブが働かなくなり、情報の意図的な漏えい・開示、あるいは不正使用が発生するリスクがあります。
秘密保持契約で情報漏えい・情報開示・不正使用は防ぐ
こうした状況で、情報漏えい・情報開示・不正使用をしないインセンティブとなるのが、秘密保持契約です。
他の方法、具体的には不正競争防止法や民法上の不法行為(民法第709条)でも、こうした情報漏えい、情報開示、不正使用を防ぐことも可能ではあります。
しかしながら、不正競争防止法や民法上の不法行為による責任の追求は、条件が厳しく、極めて限られた状況でないとできません。
その意味では、事実上、秘密保持契約だけが、情報漏えい、情報開示、不正使用を防ぐ方法といえます。
このため、契約交渉段階における秘密保持契約は、こうした「契約交渉の決裂・破談」を意識した内容としなければなりません。
契約交渉段階では最低限の情報開示にとどめる
このように、契約交渉が決裂・破談した場合、情報の漏えいや公開、不正使用に歯止めがかからない状態になりかねません。
特に、コンプライアンスの意識が低い企業では、契約交渉が決裂となった他社の情報の管理が杜撰になったり、平気で不正使用をしたりします。
また、企業自体のコンプライアンスの意識が高くても、役員や従業員のコンプライアンスの意識が低い場合は、外部への情報の持ち出しなどが発生します。
このため、契約交渉段階での情報開示の際は、ある意味では、情報漏えい・情報開示・不正使用がある程度起こるものと想定して、必要最低限の情報開示にとどめるべきです。
そして、本当に重要な情報は、契約交渉の結果、契約が成立してから開示するべきです。
ポイント
- 秘密保持契約の締結や情報開示は、契約交渉の決裂・破談を意識する。
- 契約交渉中は、めったに情報の漏えい・開示はない。むしろ、交渉決裂・破談の後で、情報の漏えい・開示・不正使用のリスクが高くなる。
- 契約交渉段階では、情報の漏えい・開示・不正使用を想定して、最低限の情報開示にとどめる。
- 本当に重要な情報は、契約交渉の結果、契約が成立した後に開示する。
- 交渉決裂・破談後に、情報漏えい・情報開示・不正使用を防止できるのは、事実上は秘密保持契約だけ。
企業秘密をだまし取るための契約交渉がある
技術情報の開示には特に気をつける
実際に弊所に寄せられる相談内容として多い案件は、製造業者による技術情報の取扱いに関するものです。
製造業者同士の製造請負契約・製造請負取引基本契約では、互いに技術情報を開示しなければ、契約交渉自体が成り立ちません。
特に、下請事業者のほうとしては、実際に製品を製造することになりますので、その製品に関する自社の技術情報(製造技術の情報)を開示することになります。
実は、こうした情報は、一部の悪質な親事業者のターゲットになります。
工場見学などで技術情報が漏えいする
特にありがちな話が、発注者である親事業者が、受注者である下請事業者の生産設備や生産体制の「事前の確認」と称して、契約成立前に、工場見学をする場合です。
一部な悪質な発注者は、この工場見学の際、受注者の技術情報を「盗み」、その結果、契約交渉を決裂・破談させることがあります。
結果として、受注者の技術情報をタダで自社のものとするのです。
こうした場合、受注者としては、秘密保持契約を結んでいなければ、発注者に対し、何もできなくなってしまいます(もっとも、不正競争防止法で保護される余地はあります)。
技術情報の開示は秘密保持契約締結後にする
こうした悪質な事例もあるため、技術情報の開示は、特に慎重にしなければなりません。
少なくとも、具体的な技術情報の開示の際には、秘密保持契約を締結するべきです。
また、繰り返しになりますが、工場見学は、特に情報漏えいのリスクが高いので、秘密保持契約以外に、対策を講じるべきです。
例えば、録音・録画機器や携帯電話・スマホの持ち込みの禁止や、場合によっては、個々の見学者との秘密保持契約の締結も検討するべきです。
ポイント
- 企業秘密をだまし取ることを目的とした契約交渉もある。
- 製造業者同士の取引きでは、技術情報が狙われる。
- 工場見学などで、技術情報が漏えいすることがある。
- 技術情報の開示は、秘密保持契約締結後にする。
なお、秘密保持契約そのものにつきましては、詳しくは、次のページをご覧ください。