このページでは、契約書の書き方のうち、主語の書き方について解説しています。
契約書には、さまざまな契約条項がありますが、そのほとんどに主語を記載しなければならず、省略をしてはいけません。
このうち、特に重要となる主語は、契約当事者です。
契約書の主語の書き方には、原則として冒頭に書く、直後に必ず「、」を打つといった、独特の慣例があります。
このページでは、こうした主語の書き方について、解説します。
契約書における3パターンの主語とは?
契約書における主語は、大きく分けて、次の3パターンに分類されます。
主語の種類
- 契約当事者:「甲」「乙」などの権利義務の主体。
- 定義づけられる用語:「本契約において、『◯◯』とは、」のような、定義規定における主語。
- 契約自体:「本契約は、」「個別契約は、」のような、契約そのもの。
もちろん、これら以外にも、契約書において主語になる用語はあります。
ただ、契約書では、これらの主語だけで契約条項を規定します。
やむを得ない場合や、これら3つを使って表現できない場合に限って、他の方法で表現するべきです。
【主語1】契約当事者
権利義務の規定では必ず契約当事者を明記する
契約当事者は、契約書の主語の中では、最も重要です。
というのも、契約当事者は、権利義務の主体となるからです。
ほとんどの契約条項は、権利義務を規定するものですので、契約当事者を主語として記載します。
逆にいえば、権利義務を規定する契約条項で、主語の省略はあり得ません。
権利義務の規定では受動態による表現はしない
また、特に法律で禁止されているわけではありませんが、権利義務に関する規定では、受動態による表現をするべきではありません。
というのも、受動態の表現では、主語の記載をうっかり忘れてしまうことがあります。
【契約条項の書き方・記載例・具体例】クレーム対応に関する条項
第○条(クレーム対応)
見込客からクレームがあった場合、当該クレームは、直ちに対処されなければならない。
(※代理店契約の文例。便宜上、表現は簡略化しています)
この書き方では、他の条項でクレーム対応の当社が規定されていない限り、サプライヤー・代理店のどちらの義務なのかがはっきりとしません。
このため、こうした権利義務に関する規定では、受動態ではなく、能動態で規定するべきです。
【契約条項の書き方・記載例・具体例】クレーム対応に関する条項
第○条(クレーム対応)
見込客からクレームがあった場合、代理店は、直ちに当該クレームについて対処しなければならない。
(※クレーム対応が代理店の義務の場合。便宜上、表現は簡略化しています
契約当事者を主語にできる契約条項は契約当事者を主語にする
また、例えば、次のような文例のように、必ずしも契約当事者を主語としなくても、意味が通じる場合があります。
【契約条項の書き方・記載例・具体例】支払方法に関する条項
第○条(支払方法)
金銭の支払方法は、銀行振込とする。
(※売買契約の文例。便宜上、表現は簡略化しています)
ただ、これでは、どちらの契約当事者による金銭の支払方法であるのかが、明確ではありません。
このため、できるだけ、次のように、契約当事者を明記した内容とするべきです。
【契約条項の書き方・記載例・具体例】支払方法に関する条項
第○条(支払方法)
買主は、売主が指定する銀行口座に現金を振込むことにより、金銭を支払うものとする。
(※買主の支払方法について規定する場合。便宜上、表現は簡略化しています)
実際のところ、売買契約において、前者の規定のしかたが問題となることはまずないでしょう。
ただ、他の契約、特に相互に金銭を支払うタイプの契約の場合は、契約当事者を強く意識して規定しないと、不十分な契約内容となりかねません。
こうした相互に金銭を支払うタイプの契約では、契約当事者を意識して規定することで、両者の支払方法について、漏れなく規定できます。
このように、契約当事者を主語にできる契約条項では、なるべく契約当事者を主語として規定するべきです。
契約当事者は甲乙などの略称で表記する
「甲乙」「発注者・受注者」「委託者・受託者」等どれでもいい
なお、契約当事者は、「株式会社◯◯は、…」のように、商号=正式名称で表記しても、特に法的には問題はありません。
ただ、契約当事者の表記は、契約書の中では非常に多く記載されます。このため、通常は、略称を使います。
略称は、いわゆる甲乙の表記が最も一般的ですが、他の表記でもかまいません。
契約当事者の略称の具体例
具体的には、次のようなものがあります。
契約当事者の略称の例
- 発注者・受注者:企業間契約
- 一方の当事者・他方の当事者:契約全般
- 買主・売主:売買契約
- 委託者・受託者:業務委託契約
- 注文者・請負人:請負契約
- 委任者・受任者:(準)委任契約
- 貸主・借主:貸借契約
- 使用者・労働者:雇用契約・労働契約
- 開示者・被開示者(受領者):秘密保持契約
- ライセンサー・ライセンシー:ライセンス契約
- フランチャイザー(本部)・フランチャイジー(加盟店):フランチャイズ契約
- 本部(サプライヤー)・代理店:代理店契約
- 本部(サプライヤー)・販売店:販売店契約
この他、契約書における当事者の書き方・規定のしかたの解説につきましては、詳しくは、以下のページをご覧ください。
ポイント
- 権利義務を規定する契約条項では、必ず契約当事者を明記する。
- 権利義務を規定する契約条項では、権利義務の主体が省略される、忘れられるリスクがあるため、受動態による表現はしない。
- 契約当事者を主語にできる契約条項は、なるべく契約当事者を主語にする。
- 契約当事者は、甲乙などの略称で表記する。
【主語2】定義づけられる用語
定義づけられる用語は、主に契約書の第2条に規定されることが多い定義条項で主語として使われます。
例えば、次のような規定となります。
【契約条項の書き方・記載例・具体例】定義条項
第○条(定義)
1 本契約において、本件業務とは、◯◯をいう。
2 (省略)
(※業務委託契約における本件業務の定義の例。便宜上、表現は簡略化しています)
ちなみに、定義条項は、次のような規定のしかたもあります。
【契約条項の書き方・記載例・具体例】定義条項
第○条(定義)
本契約において、次の各号に掲げる用語の定義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
(1)本件業務 ◯◯をいう
(2)(省略)
(※業務委託契約における本件業務の定義の例。便宜上、表現は簡略化しています)
【主語3】契約自体(本契約・個別契約など)
契約書において、数は多くありませんが、契約自体、特に本契約や個別契約が主語として規定されることがあります。
例えば、次のような規定があります。
【契約条項の書き方・記載例・具体例】基本契約と個別契約の優劣に関する条項
第○条(個別契約との関係)
本契約と個別契約に矛盾が生じた場合、個別契約は、本契約に優先する。
(※取引基本契約における基本契約と個別契約の関係の規定。便宜上、表現は簡略化しています)
【契約条項の書き方・記載例・具体例】契約期間に関する条項
第○条(契約期間)
本契約は、本契約書の末尾記載の期日から1年後までを有効期間とする。
(※便宜上、表現は簡略化しています)
契約条項の主語の書き方は?
契約条項の主語の書き方の注意点一覧
契約条項の主語の書き方一覧
- 主語が明らかな契約条項でも省略しない
- 主語の「は」の後には必ず「、」を打つ
- 主語は原則として冒頭に記載する
以下、それぞれ詳しく見ていきましょう。
主語が明らかな契約条項でも省略しない
権利義務の規定での主語の省略はトラブルのもと
契約書では、どんなに明らかであっても、慣例上、主語は省略せずに、必ず記載します。
口頭の日本語では、主語を省いたり忘れたりして話すことがありますが、契約書における文章では、主語を省いたり忘れたりすることは絶対にあってはなりません。
特に、権利義務に関する規定で、契約当事者の表記を省略したり忘れたりすると、その権利義務が誰のものかを巡って、トラブルなる可能性があります。
また、契約書では、僅かに紙面を少なくできる程度で、主語を省略するメリットは、ほとんどありません。
このため、契約書を作成するときは、どんなに面倒でも、主語は省略せずに記載します。
主語を省略すると契約実務の経験がバレる
契約実務の経験を積むと、契約条項を記載する際、主語を書くのが、一種のクセになります。
キーボードで契約条項を起案していると、無意識のうちに主語を書いていることがあるくらいです。
そもそも、契約書を作成している際に、いちいち「この条項は主語を書く必要がはあるかな?それとも省略してもいいかな?」などと考えていません。
契約実務の経験を積むと、契約条項で主語を書くのが当然のこととなり、こうした、「主語を書くべきか、省略するべきか」ということを考えなくなります。
そういう意味では、主語を省略したり、忘れたりすると、「契約書の作成者の実務経験が乏しい」と判断される可能性があります。
主語の「は」の後には必ず「、」を打つ
特に法律で決まっているわけではありませんが、主語を書く際には、「甲は、」「乙は、」のように、必ず「、」=読点を打ちます。
これは、法律の書き方と同じで、契約書の書き方として、慣例となっています。
逆にいえば、「◯◯は」という主語の表現であるにもかかわらず、「、」=読点を打っていない場合は、こうした「慣例を知らない」と判断される可能性があります。
ちなみに、「◯◯が」という表現の場合は、「、」=読点を打つ必要はありません。
主語は原則として冒頭に記載する
契約条項は、一般的な文章とは違って、原則として、冒頭に主語を記載します。
一般的な文章などでは、主語は、動詞の近くがわかりやすいとされるようですが、契約条項では、主語はあくまで冒頭に記載します。
例外として、次のような表現が冒頭にある場合は、主語が冒頭に記載されないことがあります。
【契約条項の書き方・記載例・具体例】主語が冒頭にならない例外
- 前項の規定にかかわらず、~
- 前項の場合において、~
- 前項に定めるもののほか、~
- ◯◯の場合、~
(あくまで一例であり、他にもあります)
なお、4点目の場合、つまり条件を設定する規定については、主語が冒頭に記載される場合もあります。
条件の書き方につきましては、詳しくは、次のページをご覧ください。
ポイント
- 主語が明らかな契約条項でも、メリットがほとんどないため、主語は省略しない。
- ヘタに主語を省略すると、契約実務の経験の乏しさがバレる。
- 主語の「は」の後には必ず「、」を打つ。
- 主語は、原則として冒頭に記載する。
契約書には意外と慣例・ルールがある
以上が、契約書における主語の書き方のルールの概要ですが、この他にも、主語の書き方には、細かな慣例やルールがあります。
こうした慣例・ルールは、たくさんの契約書(それも慣例・ルールに従ったもの)や法律を読み書きしないと身につかないものです。
逆にいえば、リーガルチェックをする側は、こうした細かな慣例・ルールを守っているかどうかで、契約書の作成者の経験がわかります。
このように、契約書の作成は、付け焼き刃ではどうにもならないことがありますので、最低限、作成した契約書は、専門家のチェックを受けるべきです。
なお、こうした慣例・ルールにつきましては、詳しくは、次のページをご覧ください。
ポイント
- 契約書における主語の書き方には、意外と細かいルール・慣例がある。
- ルール・慣例に従って書かれていない契約書は、作成者の経験の乏しさを伝えてしまうリスクがある。
契約書の主語に関するよくある質問
- 契約書の主語にはどのようなものがありますか?
- 契約書の主語には、以下のものがあります。
- 契約当事者:「甲」「乙」などの権利義務の主体。
- 定義づけられる用語:「本契約において、『◯◯』とは、」のような、定義規定における主語。
- 契約自体:「本契約は、」「個別契約は、」のような、契約そのもの。
- 契約書の主語の書き方の注意点は何でしょうか?
- 契約書の主語を書く際には、次の点に注意します。
- 主語が明らかな契約条項でも省略しない
- 主語の「は」の後には必ず「、」を打つ
- 主語は原則として冒頭に記載する